私たち人間を癒してくれる動物との触れ合い。
近年では“猫カフェ”などの施設も増えたが、これらの元祖とも言える場所が、奈良県の観光名所「奈良公園」だ。
ここには国の天然記念物に指定されているシカが多数生息しており、公園内を悠然と闊歩する彼らとの触れ合いを楽しむことができる。
人慣れしているシカも多く、愛くるしい瞳やふさふさの毛並みを間近で見ようと、国内外から多くの観光客が訪れている。

だが近年、このシカによってけがをした人が増えているという。
奈良県によると、2018年度のけが人数は過去最悪の209人(2019年1月31日現在)。2013年度と比較して約4倍に増加した。
大けがにつながるケースもあり、2018年度は8人が骨折以上のけがをして、うち5人が外国人だという。

なぜこのような事態となっているのだろう。けがを防ぐために気をつけるべきことはあるのだろうか。
奈良県庁にある奈良公園室の担当者に話を聞いた。
発情期や出産期のシカには注意が必要

――けが人が増えている理由は?
観光客数の増加によるものと考えられます。奈良公園では統計を取っていませんが、奈良市に訪れる方は近年増え続けています。
奈良市に来た多くの方が、奈良公園に訪れるはずですので、間接的ですがけが人の増加に影響していると思います。
――けがの内容は?
けがの多くは、「鹿せんべい」を与える際に指などを噛まれてしまう軽いけがですが、シカ同士のけんかなどに巻き込まれるケースもあります。
骨折を伴うような大きなけがは、雄シカの発情期である9~11月に集中しています。この時期の雄シカは気性が荒くなり、雌シカを追いかけて人に追突してしまうこともあります。また、雌シカも出産期の5月中旬から7月まで、子鹿を守るために気性が荒くなります。これらの時期は注意しなければなりません。

――外国人のけがが多い理由は?マナー違反があるのでは?
外国人、特に中国人のけがが多いのは、観光に訪れる人数自体が多いためと考えています。マナー違反は日本人にも見られるので「外国人のマナーが悪い」とは言い切れません。ただ、奈良公園のシカは誰かが管理しているわけではなく、あくまで野生動物です。「飼い慣らしている」という誤解を持っている方は、日本人よりも外国人の方に多いかも知れません。くれぐれもペットのような感覚で近づかないように、注意してほしいと思います。
「シカサイン」でけがの未然防止を
――けがを防止するため、気を付けるべきことは?
「鹿せんべい」を持つと多くのシカが寄ってきて驚くかもしれませんが、じらさないで素早くあげてください。持ったままあげなかったり手を上げたりすると、シカもイライラしてしまいます。身の危険を感じた時は、地面に捨ててしまった方がよいでしょう。
また、せんべいを全てあげ終えたら、両手を広げて何も持ってないことをアピールすることが大切です。シカも餌がないことを理解して離れていきます。
私たちはこの行動を「シカサイン」と呼んでいます。

――奈良県側はどのような取り組みを行っている?
注意喚起の看板を公園内40箇所に設置しているほか、駅や奈良県の施設にあるデジタルサイネージ(電子掲示板)やインターネットの動画配信などでも注意を呼びかけています。このほか、奈良の「鹿愛護会」や、ボランティア団体の「鹿サポーターズクラブ」によるパトロールなども行われています。
――観光客に気を付けてほしいことは?
最近はSNS向けの写真を撮影しようと、角を持つシカに必要以上に顔を近づけたり、シカの隣に子どもを置いて一人にするケースが目立ちます。雄シカの発情期や雌シカの出産期は気性が荒くなり、大人でも危険です。野生動物ということを忘れず、不用意に近づくことは避けてください。

奈良公園のシカと触れ合う際の醍醐味である「鹿せんべい」の餌付けが、けがの要因になっているとのことだった。
奈良県によると、観光客の中にはシカにまたがったり、餌の口移しを試みたり、スナック菓子やお弁当を餌付けしようとする人もいるらしい。

私たち人間のけがを防ぐのも大切だが、シカの生態環境を維持していくのも同じように大切だ。
今回の場合、観光客の増加やSNSの普及が原因のようだが、これからも触れ合いが続けられるよう、奈良公園を訪れる場合は、あくまで野生動物だということを理解した上でシカに近づいてほしい。