自分のためではなく“他人のために”

“(咳などの)最初の兆候が見られた場合、弱っている周囲の人を守るためにマスクを”

マスクの着用を呼びかけるフランスのテレビCMである。このCMを見ただけでも、日本人の筆者は違和感を覚えた。
「最初の兆候が見られた場合??」
この違和感はおそらく、咳やくしゃみが出ていなくても予防的にマスクをすることに慣れている、日本人特有の考えから来たものだと思う。

フランスでは、「症状が出た人が、他人を守るためにつけるもの」がマスクであるという点で、予防的観点から自分のために着用することが一般的になっている日本とは、基本的な認識がすでに異なるようだ。

マスクについて書かれたフランスの記事に少し目を通すだけでも、「マスクは、自分のためでなく、他人のためにつけるものだ」とか、「フランスでは、他人から自分を守るためにマスクをつけるように勧められることは、決してない。病人がつけるものだ」などの説明が見られる。
しかし、そのような日仏のマスクに対する根本的な認識云々の前に、フランスではそもそも、CMで啓蒙が必要なほどに、マスクの着用が浸透していないことに驚くのである。

マスクをする人は稀なフランス

パリの地下鉄車両内で
パリの地下鉄車両内で
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風邪が流行する季節のパリを見回してみよう。マスクをつけている人が一人もいない、と言っても過言ではない。地下鉄でも、バスでも同様で、人々は周りを気にせずに咳やくしゃみをしている。日本人の筆者からすると、マナー違反に思えてしまうし、自分の風邪予防のためにマスクをつけたくなる。

しかし、フランスでは、「予防のためのマスク着用」という概念もさることながら、風邪を引いている人すらマスクをつけていない。

なぜ、風邪を引いていてもマスクをつけないのか。まず、マスクをつける人=単なる風邪の患者という考えではなく、少なくともインフルエンザ以上の、重い感染症を患っている人、と考えられているからのようだ。
「マスクをつけていると、重病の人だと思われて嫌がられ、地下鉄に乗ったりすればみんなが避けて周囲が空いていく。危険人物だと思われる」などの話を何度も聞いたことがあったが、そんなことは大げさだろう、と思っていた。

しかし、そう言われるとなんだかマスクをつけるのも気が引けるし、確かにマスクをつけている人を見たことがない。そのため、咳をする人を前に「いやだなあ」と思いつつも、マフラーなどで鼻と口を覆うようにしていた。

パリでマスクをつけて歩いてみた

ところが、3月が近づいて、パリでも花粉を感じるようになったため、思い切って日本からもってきたマスクをつけてみた。
すると・・・。

前からベビーカーを押して歩いてくる女性。こちらに向かってまっすぐ歩いてきたにも関わらず、マスクをした筆者に気づいた瞬間、大きな弧を描いて避け、また元の軌道に戻ってまっすぐ歩いて過ぎ去った・・・。さらに、バスの中。新たに乗車してくる人たちは、席が空いているのに近くに座ろうとしないばかりか、ちらちら見られ、視線が突き刺さる・・・。道を歩いていると、ひとりの男性がすれ違いざまに、まるで異次元の生物でも見るかのような視線を投げかけ、振り向きながら過ぎ去った。

なるほど、マスクをしていると、重病だと思われるというのは本当のようだ。日本人的な考えからすると、咳やくしゃみによってウイルスをまき散らすのはマナー違反であるし、そもそも他人から移されないため、予防のためのマスク着用は当然のことである。しかし、咳やくしゃみをする人自体よりも、マスクをしている人を恐れるのがフランス人、ということのようだ。

もうひとつ、重要なのは快適さ。日本人の友人が病院に行ったときのこと。待合室に座っているフランス人女性が、インフルエンザの診断を下された模様で、看護師からただちにマスクをさせられた。病院ではそれでも、マスク着用を勧めてはいるようだ。

しかし、この女性、看護師が立ち去るやいなや、すぐにマスクを取ってしまったという。フランスメディアで「マスク」について検索してみると、「こんなに快適でないもの(=マスク)をする必要があるのか?」
などの文章が躍る。

上述のように、そもそもマスクをつける習慣がないので、息苦しく感じるということなのか、なるほどフランス人は、confortable=「快適」、であることがとても重要なようだ。マスクの着用ひとつを見ても、文化の違いがあることを思い知ったのだった。

「マスクをつける滑稽」!?

フランスメディア「20minutes」(1月31日付)より。“手術用マスクをつける女性”
フランスメディア「20minutes」(1月31日付)より。“手術用マスクをつける女性”

上は、フランスメディアで紹介されたマスクをつけた日本人の写真である。写真紹介の内容を見ると、「手術用マスクをつける女性」。そう、フランスの薬局などでマスクを買うとなると、「手術用マスク」になってしまうのだ。

マスク文化の違う日本人に対しては、フランスメディアも興味を持っているようで、日本のケースを取り上げる記事が見られる。「日本人には、マスクをつけることが滑稽だと感じることに対する恐怖が、まったくない」。驚きの言われようである。

しかし、そうした上で、「日本人は、自分自身や周囲の人に対して、より気を配っている。マスクをつけることは、他人を尊重するとともに自分を守ることであり、礼儀の問題である」と添えられている。

一方、快適=「自分が気持ちよくあること」、を求めるフランス。なかなかフランスらしいではないか、と納得してしまうのが、フランスの魅力とも言うべきか。しかしながらやはり、日本人の私にとっては、「色柄つき」、「香りつき」、「メイクがとれにくい」など、バラエティーに富んだ日本のマスクが懐かしく、帰国の際にはたくさん購入してパリの街に戻るつもりだ。

【執筆:FNNパリ支局長 石井梨奈恵】

石井梨奈恵
石井梨奈恵

元パリ支局長。2021年より、FNNプライムオンライン担当。これまで、政治部記者、 経済部記者、番組ディレクターなどを経験