ライブBBT防災キャンペーン「命と未来をまもる」。
能登半島地震から1年、今週は再生への課題を整理し何が求められているのか考えます。

10日は、甚大な被害を受け、多くの住民が地区を離れた、氷見市の小さな集落、復興への道のりを見つめました。

海と山に囲まれた、自然豊かな氷見市姿地区。
こののどかな集落は、1年前の「あの日」、一変しました。

地区の57世帯のうち、21棟が半壊以上の判定を受けた姿地区。
地区は津波や土砂崩れの危険があり、市が指定する公的避難所がありません。
地震発生後、地区にある集会所が避難所になりました。

*姿地区区長 山本譲治さん
「(避難所は)旧灘浦小学校に行かないといけないが、高齢者をどうやって送るか手間どっていたので、ここ(集会所)に避難してもらおうと」

区長の山本譲治さん。
地区には高齢者など市の避難所まで移動できない人が多く、集会所を避難所にする決断をしました。

去年1月23日。
市内全域で水道が復旧し、最後まで残っていた自主避難所の閉鎖が決まりました。

*姿地区区長 山本譲治さん
「集落の人には炊き出しに手伝いに来てもらったり、皆さんの力があってこの避難所が成り立った」

ようやく終わった避難所生活。
しかし...。

*住民
「(応急危険度判定で危険と)指定された人は、この村を離れる、離れている、離れようと計画している人が多い」

去年2月初めに開かれた、氷見市との意見交換会。
地区には、住む家を失った住民が離れていく不安が広がっていました。

*住民
「あれもだめ、これもだめ、国の基準で査定しますと言っていたらここを離れてしまいゴーストタウンや」
「ここを本当に離れたくない。石垣の崩れをなんとかして、ここに住めるようにしたい」

地震発生から1か月、12世帯が避難したり、引っ越し、姿から離れました。

*姿地区区長 山本譲治さん
「今、住民の方とここに仮設住宅を建ててもいいか、そういった思いもあるんですけど」

地震発生から3カ月、市が被災した建物を撤去する「公費解体」が始まりました。

復興への一歩。
しかし、区長の山本さんは複雑な思いで解体作業を見つめていました。

*姿地区区長 山本譲治さん
「だんだん風景が変わっていくと思う。この一帯が解体するようになったら。自分もここに60数年住んでいるが、やはり見慣れた風景が変わるので寂しい思いがある」

夏。
山本さんら地区に残った住民が「姿復興の会」を立ち上げました。

*姿地区区長 山本譲治さん
「避難した人が戻ってきてほしいという思いがある」

地区を離れた住民に戻ってきてもらうために考えた、仮設住宅を建てるという案。
しかし、仮設住宅を希望する人は少なく、山本さんの案は見送られることになりました。

去年11月。
市長が代わり、あらためて意見交換会が開かれました。

復興の会は、姿に再び人が戻ってこられるよう、市に対して家を建てる際の地盤改良への補助や市外からの移住支援を求めることにしました。

*姿地区区長 山本譲治さん
「地震が起きてから11か月あまり経つが、避難した人が家が無くなり、つながりがなくなった」

今月。

*姿地区区長 山本譲治さん
「(解体された家が)ここで1軒、2軒、3軒、4軒、5軒あります」

能登半島地震から1年。
公費解体が進み、姿は再生に向け動き出しています。

震災がもたらした「爪痕」。
それを乗り越えるため、変わって行く風景。
復旧、復興に向け、長い道のりが続きます。

*姿地区区長 山本譲治さん
「ここが何軒もまとまって解体したので、昔からみたらだんだんぽつぽつ家が無くなっていくし、昔の面影と違って寂しい想いがある」

氷見市姿地区では、住民の転出以外にも解体後の空地の整備や解体申請が出ていない空き家の管理など、課題が山積しています。

震災で住む場所を失った住民が離れ、地区が廃れていく事例は全国でみられます。
そうした苦境をどう乗り越えていくのか、住民を呼び戻す、再生に向けた取り組みが氷見市の姿地区で続きます。

富山テレビ
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