2回目の米朝首脳会談 “大悪党”の本領発揮できず?
トランプ大統領の右腕として10年以上に亘って水面下で暗躍した元顧問弁護士・コーエン被告の2月27日の議会証言を信じるなら、トランプ氏は「人種差別主義者で詐欺師、ペテン師」ということになる。仮にもしもそうだとすれば、トランプ氏はアメリカ国民を見事に騙し大統領にまで成り上がった“大悪党”になると筆者は思うが、この話は本題ではないので深入りしない。
しかし、トランプ氏がそれほどの悪党ならばハノイで金正恩委員長をどんな風に手玉に取るのかと少し期待していたのだが、どうやら甘かった。“大悪党”の本領はシンガポールに続いて必ずしも発揮されなかったようだ。本国の動きのせいで気もそぞろだったのだろうか。
拡大首脳会議後の昼食会をキャンセルして席を立ったトランプ大統領は、その後の記者会見で、部分的な非核化の対価として制裁の全面解除を求める北朝鮮側と合意できなかったことを明らかにした。しかし、同時に、引き続き事務レベルの協議をするという考えも明らかにした。よって交渉が完全に終ったというわけでは無いらしいので即断するわけにはいかないのだが、今回の結果はこれまでのところ北朝鮮ペースで事が進んでいるように思えてならない。実際、少なくとも彼らは時間稼ぎに成功している。

一方、会見に同席したポンペオ国務長官は「合意に近づいている」「先行きに楽観的である」と述べている。これを我々が真に受けるのは楽観的に過ぎるのかもしれないが、それでも完全な決裂より遥かにましと思うしかない。何故ならば、これで終わりとなれば後が怖い。アメリカ大統領を裏切ったという烙印を押されれば金委員長は特に怖いはずだと思うからでもある。ただ、このままだと“CVID・完全で検証可能で不可逆的な非核化”というゴールまで辿り着けるのか一層不安に駆られるのは自然である。ロードマップも申告も無しにゴールできるはずが無いのに、その遥か手前で交渉はいま暗礁に乗り上げている。そして、これが中途半端に終われば北朝鮮を利する。それがこれまでの歴史でもあるからである。
北朝鮮の核の完全廃棄があるとすれば?
ここで唐突だが少し頭の体操をしてみたい。今の状況からどうやってゴールに辿り着くのか考えても埒が明かないので、北朝鮮が核を完全廃棄することがあるとすればそれはどんな状況が生じた時なのか逆から考えてみたいのである。何をもって“非核化”と定義するのか依然曖昧であるし、金委員長がどこまで本気なのか疑わしいが、委員長も「非核化をするつもりがなければこの場に来ない。」と拡大首脳会議の席で記者の質問に応えている。その可能性を関係国がもう少し探ってみるのは当然のことである。
そこで、始めに考えたいのはレジーム・チェンジ、北の政権交代が起きた時である。超独裁政権が代わる可能性は現状ゼロに近いのだが、万が一、そのような事態が起こり始めたとしても、誰が取って代わるのか、それが非核化に繋がるのか全く不明である。考え過ぎかも知れないが、そうなれば混乱を嫌う中国が介入して、直接、北朝鮮を押えようとする可能性さえ出てくるかもしれない。が、そんなことになれば、本格的な戦争が始まる恐れも強まる。レジーム・チェンジによる非核化のシナリオは現実的ではない。

北朝鮮をベトナム型の改革開放路線に誘導し、そこから最終的に非核化に繋げるシナリオも実現の可能性は高いとは言えない。これはビヘイビア・チェンジ、行動転換の例の一つになるのだろうが、“金王朝”の独裁体制はベトナム型の集団指導体制とは全く異なる。万が一、改革開放だけが成功裏に進行するなら、北の核の脅威は増し、事態はかえって悪化する。
核の代わりの保障措置が絶対必要
アメリカの情報機関が一致して分析しているように、金正恩政権が自らの存続に核が不可欠と考えているなら、ここで考えるべきなのは、その“代わりの保障措置”が絶対必要になるということだと思う。
その“代わりの保障措置”として考えられるのは、例えば、あくまでも例えばだが、アメリカ軍の平壌駐留がある。言葉の上だけでアメリカが保障を与えても“金王朝”にとって全面的に信頼できるものにはならないはずで、韓国や日本に与えているような安全保障を軍事的にも彼らに与え、同時に、政治的にも経済的にも全面的にバックアップするのならば、金正恩政権にとって核は不要になる。独裁体制をいずれ立憲君主制に変えていくオプションも可能になる。だが、このオプションは北朝鮮が中国の傘下からアメリカの傘下に寝返ることを中国にとって意味する。習近平政権がこれを受け入れる可能性はゼロだろう。

一方、米中韓が主導する集団的安全保障体制を構築し“金王朝”の安全を保障するのも一案である。日本も経済支援に加わるのだろうが、これならば話は別になる可能性がわずかながらある。随分、前のことになるが、かつてアメリカ政府当局者は六者協議を東アジアにおけるNATOのような存在に進化させる遠い将来の可能性について言及したことがある。
もちろん、北朝鮮に破棄か滅亡かを迫るやり方もある。ただし、“暴発”は何としても避けたいはずで、その為には、真綿で首を絞めるようにじわじわと追い詰める必要がある。これにも中国の全面的な協力が必要なのは明らかである。そして、ロシアの協力も忘れるわけにはいかない。
以上はあくまでも頭の体操である。
中国の対応は?トランプの手腕に期待
どんな構想になら最終的に賛同するのか不明だが、中国も非核化には協力する姿勢を示している。この点では、やはり、アメリカが中国に圧力を掛け続けるのも重要と言える。そして、今回の決裂は中国にとっても大いなる懸念材料となっているはずで、対する中国の次の一手はやはり注目である。余談になるが、安全保障担当のボルトン補佐官がブッシュ(子)政権時代から中国の役割を強調していたのとも今の流れは平仄を合わせていると言えるのかもしれない。また、韓国のある外交官が「北朝鮮問題が解決するのは中国が民主化する時」という見方を吐露したことも付記しておきたい。中国の積極的関与抜きで非核化の実現が難しいのは米朝交渉がどんなに進展しても変わらない。

非常にうがった見方になるが、今回ハノイでの合意を先送りし、この先の交渉の重要性を際立たせることで自らの存在価値を高めるという“したたか極まりない”戦術を、半ば意識しつつ、トランプ大統領が選択していたとしたら“大悪党”の面目躍如である。その気になれば可能だったと彼自身が言うところの“叩かれるのが分かりきっている中途半端な合意”をするより、毅然とした姿勢を見せつつ“今回は決裂”という想定外の結果を出した方が世界の評価もニュースの扱いも変わる。そして、実際そうなっている。
トランプ大統領は交渉が続く間は実験をしないと「金委員長が改めて確約した」ことを明らかにしている。そして「いつか合意に達すると思う」と先行きに自信を示している。
甘いかもしれないが、“大悪党”の手腕にもう少し期待したい。
何より、米朝合意が成立しなければ拉致問題も解決しないからでもある。
(執筆:フジテレビ 解説委員 二関吉郎)