アメリカのFRBは0.25%の利下げを決めたが、トランプ氏の勝利は、今後の段階的利下げシナリオを狂わせかねない。日銀は円安圧力に再び直面する可能性がある。日本企業の間では「トランプ関税」に警戒感が強まっている。

インフレ再燃という“トランプリスク”

アメリカのFRB=連邦準備制度理事会は、0.25%の追加利下げを決め、政策金利の誘導目標は4.5~4.75%となった。利下げは2会合連続だ。

2日間にわたる会合で、初日の議論が始まったのは、6日未明にアメリカのメディアがトランプ氏の勝利を伝えてから5時間ほど後のことだった。トランプ氏の掲げる高関税や減税などの政策が、物価の上振れや企業活動の後押しにつながるとの見方から、金利や株価が急速に上昇するなかで、意見が交わされる形となった。

トランプ氏再選でインフレの再燃を招くおそれも
トランプ氏再選でインフレの再燃を招くおそれも
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インフレの鎮静化を踏まえ、雇用悪化を未然に防ぐため、段階的な利下げを模索するFRBにとって、トランプ氏の再選はシナリオを狂わせかねない材料だ。

トランプ氏は、すべての国に10~20%、中国に対し60%という関税をかけ、前政権時代に導入した個人所得税などの「トランプ減税」を恒久化する考えを打ち出すとともに、不法移民を大量に強制送還する意向も示している。

関税引き上げ分が小売価格に転嫁されれば、輸入品を中心にモノの値段が跳ね上がる一方、減税により消費や投資活動が刺激されれば、景気の過熱がもたらされ、インフレの再燃を招く可能性がある。移民取り締まり強化も、人出不足を通じてインフレ要因となる。

パウエル氏、辞任は「NO」

会合後の会見で、パウエル議長は、政策金利が依然として引き締め的な水準にあると認め、利下げの継続を示唆した。ただ、今後のペースについては言及せず、経済指標を見極めながら「会合ごとに決定を行う」姿勢を示すにとどめた。

パウエル氏は、トランプ前政権時代の2018年に議長に指名されたが、利上げ継続をめぐって、トランプ氏から解任を示唆されるなど、意見の相違が表面化した経緯がある。

会見での関心は、トランプ氏返り咲きが金融政策に与える影響に集まった。

パウエル議長はトランプ氏の経済政策について「(現時点で)経済への影響は予測できない」と述べた
パウエル議長はトランプ氏の経済政策について「(現時点で)経済への影響は予測できない」と述べた

パウエル氏は「選挙が近い将来に政策決定に影響を与えることはない」と説明した一方で、「政権や議会が決めた政策が経済に影響を及ぼし、長期的にわれわれの目標達成にとって重要になる」との認識を示し、トランプ氏の経済政策について「(現時点で)経済への影響は予測できない。我々は推測も憶測も仮定もしない」と述べた。

丁寧に質問に答える姿勢が目立つパウエル氏だが、「トランプ氏から求められたら辞任するのか」との問いに対しては「NO」ときっぱりと一言だけ回答し、大統領による解任や降格については「法律上、認められていない」とする認識を示した。

会見の終盤には、財政赤字について、持続不可能な水準だとして、「究極的には経済に対する脅威だ」と批判し、政府債務の膨張にくぎを刺す場面もあり、大幅な財政悪化をもたらすとの見方があるトランプ氏の政策に、暗に苦言を呈した格好となった。

日銀12月利上げ観測も

FRBの利下げ決定後、外国為替市場の円相場は、日米の金利差縮小が意識され、円がドルに対して強含みでの推移が続いていたが、週明け11日午前の東京市場は1ドル=153円前半で取引されている。アメリカ金利の高止まりを見通して、円安傾向は変わっていないとする市場参加者が目立つ。

11日午前の円相場は1ドル=153円前半で推移
11日午前の円相場は1ドル=153円前半で推移

トランプ氏の掲げる政策は「インフレ的」だとして、投機筋による円売りが再び本格化すれば、円相場の下落が長期化する可能性があり、日本国内への輸入物価を高止まりさせるおそれがある。日銀は、円相場の動向を注視しつつ、今後の利上げの時期を見極める。

12月の金融政策決定会合での利上げは?
12月の金融政策決定会合での利上げは?

植田総裁は、10月の会合後の会見で、追加利上げをめぐり「時間的余裕がある」との表現を用いなかったが、円安が加速すれば、輸入価格の上昇を通じて物価の上振れリスクが強まり、日銀が利上げを判断する材料になる。

市場では、次回12月の金融政策決定会合での利上げを見込む観測も広がっている。

日増しに強まる「トランプ関税」への警戒感

日本企業の間で強まるのが「トランプ関税」への警戒感だ。輸入関税の引き上げが実現すれば、アメリカ向け輸出の多い企業には逆風となる。

上場企業の2024年9月中間決算の発表がピークを迎えるなか、8日までに決算を発表した967社をSMBC日興証券が集計したところ、純利益の合計は18兆8052億円あまりで、前の年の同じ時期と比べ5.7%減少した。製造業は10.9%の減益、自動車を中心とした輸送用機器は30.4%の減益だ。輸出産業の追い風となってきた円安の流れが一服したためだが、トランプ氏の勝利により、来期以降の業績が見通しにくくなっている。

ホンダ・青山真二副社長は「恒久的な関税であれば対応を考えざるをえない」と懸念示す
ホンダ・青山真二副社長は「恒久的な関税であれば対応を考えざるをえない」と懸念示す

メキシコで生産する車の約8割をアメリカに輸出しているホンダの青山真二副社長は、決算発表の会見で、「恒久的な関税であれば対応を考えざるをえない」と懸念を示した。

日産自動車の内田誠社長は、メキシコからの輸入車への新たな関税をめぐって、「よく注視して事業の方向を見ていきたい」と述べた。

選挙戦でも関税引き上げを支持者らに訴えてきたトランプ氏
選挙戦でも関税引き上げを支持者らに訴えてきたトランプ氏

野村証券によると、前回のトランプ政権下では、通商法301条に基づく関税をめぐる動きが7回あり、日本株相場の押し下げ要因となった。

この7回での東証株価指数(TOPIX)の平均的な動きを指数化したところ、動きが起きる1か月前から発生後1週間が経過するまでの間、値下がり傾向が見られた。

「金利」「為替」をめぐる不透明感が高まり、日米の金融政策への影響も懸念されるなか、トランプ路線が市場や投資環境に与える影響を慎重に見極めようとする動きが強まっている。
【フジテレビ解説副委員長 智田裕一】

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員