“文在寅離れ”が始まった

韓国・文在寅大統領の前途に暗雲が立ち込めている。
南部・慶尚南道の2選挙区で4月3日に投開票された国会議員の補欠選挙で、与党が事実上完敗し、有権者の“文在寅離れ”が鮮明になった。
保守系野党の自由韓国党が予想以上に善戦し、1選挙区で圧勝、もう1選挙区でも大接戦を展開したのだ。
朴槿恵前大統領の弾劾と逮捕で壊滅的な打撃を受けた保守勢力が、伝統的な保守の地盤である慶尚南道で復活の狼煙をあげたと言ってよい。
一方の政権与党・共に民主党は支持を伸ばせなかった。革新系の少数野党・正義党と候補者を)一本化した選挙区では当初楽勝が予想されたが、韓国党候補に逆転リードされ、薄氷の辛勝となった。 
来年4月に予定される総選挙の前哨戦と位置づけられる選挙での与党“完敗”には、 文政権に対する有権者の不満の高まりがある。

大統領側近の不正疑惑に怒り

文在寅離れを招いた大きな要因が、政権幹部や閣僚候補による相次ぐ不動産投機疑惑の発覚だ。
特に大統領のスポークスマンを務めていた金宜謙(キム・ウィギョム)報道官が、日本円で2億5000万円もの不動産を購入していたことが判明し、国民を唖然とさせた。

韓国大統領府報道官を辞任した金宜謙氏
韓国大統領府報道官を辞任した金宜謙氏
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金氏は銀行から1億円近い融資を受けソウル市内の再開発地区にあるビルを購入しており、再開発を念頭にした不動産投機の疑いがもたれた。
金氏は大統領府での勤務を終えた後に住む家として購入したもので、不動産投機ではないと主張。「妻が勝手にやったことで自分は知らなかった」と責任を押し付けた。
不動産価格の抑制は文政権の重要政策だ。
政権の顔ともいえる大統領スポークスマンが、裏では不動産投機で多額の利益を得ていたとすれば、許されるはずがない。
国民の怒りが爆発し、金氏は辞任に追い込まれた。
また3月末には、内閣改造で起用を決めた閣僚候補2人の指名を、不動産投機疑惑への関与を理由に撤回する失態にも見舞われ、最新の世論調査(4月5日発表)で文大統領の支持率は41%と急落、就任以来最低を記録した。

相次ぐ外交失態 

外交当局の失態も相次いでいる。
韓国外務省はマレーシアを国賓訪問した文大統領に、隣国・インドネシア語で挨拶させたり、英文の報道資料でラトビア、リトアニア、エストニアの「バルト三国」を「バルカン諸国」と記載し、駐韓ラトビア大使館から抗議を受けて訂正したりした。

マレーシアを訪問した文在寅大統領(3月)
マレーシアを訪問した文在寅大統領(3月)

今月4日には韓国外務省内で開かれたスペインとの次官級戦略対話の会場にしわくちゃな国旗を掲揚するなど、常識では考えられないミスが続いている。
康京和外相は同日、職員を前に「外交業務にわずかなミスも許されない」として「一人一人が使命感と職業意識をもって業務に臨むように」と綱紀粛正を呼びかけた。

文政権としては、4月11日の米韓首脳会談を成功させ、支持率回復につなげたいところだが、楽観はできない。
2回目の米朝首脳会談では、金正恩朝鮮労働党委員長が寧辺核施設の完全な廃棄と引き換えに、制裁の全面解除を求めたが、トランプ大統領はこれを拒否し制裁継続の姿勢を崩していない。

米朝首脳会談(2月28日)
米朝首脳会談(2月28日)

文大統領は北朝鮮の非核化進展には何らかの見返りが必要だとして、金剛山観光や開城工業団地など南北経済協力事業の再開を国連制裁の例外として認めるべきと主張してきた。
事業再開をテコに南北首脳会談を開催し、3回目の米朝首脳会談の橋渡しをする…というのが文政権にとってベストのシナリオだろう。
しかし、米韓首脳会談で南北経済協力事業再開にアメリカ側の理解が得られる可能性は低いと見られている。
北朝鮮も韓国に対し冷淡な対応が目立つ。開城の南北共同連絡事務所では北朝鮮の職員が一時撤収する騒ぎとなった。トランプ大統領が北朝鮮への追加制裁の撤回を指示すると職員は戻ってきたが、北朝鮮が南北関係よりアメリカとの駆け引きを重視していることが露呈した。文大統領が求めている金委員長のソウル訪問も、実現のめどはたっていない。

「偽善的左派ジジイ」……若者の反発 

朴槿恵前大統領に抗議するデモ(2016年)
朴槿恵前大統領に抗議するデモ(2016年)

朴槿恵前大統領を退陣に追い込んだ韓国のロウソクデモ。
民意が政治を動かした後に誕生したのが、文政権だ。
国民は腐敗した保守にかわる清潔な革新政権を期待した。
しかし、政権が代わっても不正は跡を絶たない。
「正義」「公正」を唱えながら、裏で不正蓄財に励む政府高官の姿は、偽善以外の何物でもないー。
特に20-30代の若者の間に文政権への幻滅と反発が広がっている。
背景には世代間対立も存在する。
文政権の中核を担う「386世代」といわれる層。1990年代に30代で、80年代に大学生活を送った60年生まれを指す。学生運動の全盛期で、高度成長と年功序列の恩恵を受けられた最後の世代ともされる。
高い失業率にあえぎ、結婚も出産もままならない生活を送る若者世代にとっては、目の上のたんこぶのような存在と映るようだ。
朝鮮日報によると最近、偽善的な行動をとる「386世代」を「進歩ジジイ」と呼ぶ新語が登場したという。韓国では革新系を進歩と呼ぶから、日本語では「左派ジジイ」とでも言えようか。
左派ジジイたちの裏表ある振る舞いは「ネロナムブル」という言葉に象徴される。
ネロナムプルとは、「自分のことならロマンスだが、他人なら不倫」の略語で、自分には甘いが人には厳しいことを意味する。
大統領をはじめ政権幹部が「ネロナムプル」な対応を繰り返している限り、文政権離れは止められないだろう。

(執筆:フジテレビ報道センター室長兼解説委員 鴨下ひろみ)

鴨下ひろみ著『テレビに映らない北朝鮮』
鴨下ひろみ著『テレビに映らない北朝鮮』
鴨下ひろみ
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「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。