いわゆる「リンク税」や「アップロードフィルター」等の項目が議論を巻き起こした、EUの改正著作権指令は、2019年3月26日に賛成多数で可決した。500万人以上の反対署名が集まっているにもかかわらず、である。
「欧州議会はこの指令を躊躇することなく可決した。そこにはインターネットの『フリー』と『シェア』を再考すべきというメッセージが込められている。」
ベルリンを拠点に活動する、メディア美学者・武邑光裕氏はこう語る。
なぜ今、インターネットの「フリー」と「シェア」文化を見直す必要があるのだろうか?
去る4月18日、東京・恵比寿のデジタルガレージ本社にて、武邑氏にインタビューの機会を得た。
同日に開催された武邑塾2019「EU製の未来 インターネットの再構築はいかにして可能か?」の一部もご紹介しながら、ワールド・ワイド・ウェブが誕生した1989年(平成元年)にまで遡って、その経緯と理由を紐解いてみたい。
ウェブの誕生とベルリンの壁

ーー令和という新たな時代を前に、平成の30年間を振り返る機会も多いのですが、平成元年である1989年はウェブが誕生した年でもありました。この30年、インターネットはどのような歩みを経て来たのでしょう?
1989年には2つの大きな意味があって、一つには11月のベルリンの壁の崩壊、そして3月にスイスで生まれたワールド・ワイド・ウェブ。この2つは一見関連性のないイベントに見えるのですが、インターネットの30年間とベルリンの壁の崩壊は、不可分な関係にあるんです。
グローバリズムあるいはグローバリゼーションの勝利。世界が冷戦構造を終え、統一された東西ドイツを迎える。そしてそのベルリンから、実はGDPR(EU一般データ保護規則)は起こったんですね。
30年後の現在、ウェブの発明者であるティム・バーナーズ・リーは「インターネットは壊れてしまった」と言い、いかにそれを再構築するかという大きなテーマに対し、ベルリンが主導的な立場を演じている。
30年前に対照的だった2つの出来事が、今、強烈に向き合っているのです。
人々の「行動変容」を制御する
ーーEUは2018年にGDPRを施行し、いわゆるGAFAと呼ばれる巨大テクノロジー企業との全面戦争とも言える状況にありますが、なぜこのような流れになったのですか?
少し長くなりますけれど(笑)
2000年以降、2010年代までは、GAFAと呼ばれる企業の動きも穏やかでした。
ところが、コンピューターの速度・容量が幾何級数的に進化すると、技術自体が私達の考え方をサポートするだけでなく、私達の考え方を変更し、新しいビジネスモデルに向かわせるという必然が生じます。
Web2.0と言われる、あなたの表現活動をあなた自身が展開できる、「You」の時代が到来。皆がソーシャルネットワークに参加し、Facebookだけでも24億人以上になりました。
それらの個人データは単に検索広告に用いられるのではなく、ユーザーの趣味嗜好や人間関係を監視する事で、追跡広告の提供が可能になってきたのです。
ターニングポイントは2010年頃。
GAFAと言いますが、基本的にはGoogleとFacebook。この二大テック企業が世界のデジタル広告費を独占するようになり、人々が「表現者」からビッグテックの「商品」になってしまう。
もっと言えば、(追跡広告が)人々の行動変容を制御できる技術にまで進化してしまった。
Facebookで8700万人の個人情報が流出し、アメリカ大統領選やブレクジットの離脱派キャンペーンに利用されます。
追跡広告が人々の心理誘導・行動変容を促したことが如実に実証され、GDPRの意味や影響力が、世界中に一気に浸透したのが去年。
データ経済のポテンシャルは皆が認識している時代ですから、より適正なデータ流通のガバナンスやエコシステムを、各国の政府で協調しながら本格的に考えようというのが、今年の流れです。

「フリー」と「シェア」をもう一度見直そう
ーー知らず知らずのうちに、ソフトウェアによる支配、監視資本主義に組み込まれていたのかなと感じます。
私達はビッグテックが提供する優れたアプリを無料で利用できます。そして、早く使いたいがために、利用規約をほとんどスキップしてしまう。つまり、白紙委任の状態でアプリを使っています。
インターネットは無料の文化なんだ、無料の経済基盤なんだと、30年間、慣れ親しんでしまった。
しかし、無料であるという事が、どこまで本当に必要なのか?
「タダより高いものはない」という言葉がありますが、むしろ「フリー」や「シェア」により、ユーザーによる貢献をビックテックが搾取しているのではないか?
GDPRを補完する関連法案にも、「フリー」と「シェア」をもう一度見直そうという考え方が反映されています。
3月下旬の改正著作権指令も世界中で大きな問題になりましたが、EUは躊躇せずに可決しました。
EUはこの30年のインターネットを変革していくという強力な意志を持っています。
「個人データ」が「お金」になる
ーー「フリー」と「シェア」を見直したその先に、EUはどのような未来を目指しているのでしょう? GDPRに込められた思想とは?
私達は日常的にグーグルやFacebookにかなりの時間を費やしていますよね。その間に個人データは彼らのクラウドの中で次の広告のために用いられる訳ですが、我々はアプリを無料で使っているのではなく、個人データというデジタル通貨で支払っているとも言えます。
データやプライバシーは通貨になっている。
これからは、個人データを自分で管理することで、逆に広告収入の何割かを対価として得ることも出来るようになります。
何もすべてを禁止する訳ではなく、自分のデータを自己管理することで、収益を得ることすら可能になっていく社会をGDPRは目指していて、それを自己主権経済と言います。
プライバシーが盗まれていると言ってもリアリティが無いのですが、「自分のお金が盗まれている」と言うと、みんな覚醒するんです。
これが今、ヨーロッパで起こっていることです。

人々がインターネットに望むものは?
ーー最後に、武邑さんは1989年にウェブが誕生した初期の雰囲気もご存知かと思いますが、人々はまだこれから先も、インターネットに夢を抱くことは出来ますか?
グーグルもFacebookも、私たちがインターネットに抱いたファンタジーを実現してくれた企業であり、優れたアプリを提供しています。 だからこそ24億人もユーザーがいる。問題はマネタイズの方法だけなんですね。
オンライン広告の追跡技術も、数十年前までは考えられなかった広告の革命であることは確か。それが、人の心理や行動変容を促すツールとして悪用されている。こうしたマニピュレーションの技術をコントロールするのは誰か? AIなのか?
1984年に放送された初代Macintoshの有名なCMがありますよね。女性が「ビッグ・ブラザー(ジョージ・オーウェルの小説『1984』に登場する独裁者)」に向かってハンマーを投げつける。これからはパーソナルコンピューターの時代なんだと。
ああいった夢、ファンタジーをインターネットから除外してはいけないのですが、むしろ夢を追いかけていたはずのシリコンバレーの企業がビッグ・ブラザーになっているのが問題。人と人をつなぐメディアに、なぜ中央集権的な支配力が介在しなければならないのか?
EUもすべてを停止しようと言っているのではありません。サービスを存続するために、有料化や分割国有化といった方法を決断しようとしています。世界最大の立法権限を持つEUの決断が、今後、世界にどのような影響を与えていくのか? それは昨年のGDPRを見ても明らかです。
(イラスト:さいとうひさし)