「それにしても、ものの見事に転んだものだ…」

あの日本の女性知事とその政党(名前までは覚えていない)は文字通り自滅ではないか…。自分も、国民投票を呼びかけたときは、これに勝利して、偉大な首相の仲間入りをするつもりだったが…、もしも、自分にシンゾーのようなツキがあったら…。

 想像で書いたが、イギリスのキャメロン前首相が、今回の総選挙の様子をウォッチしていたとしたら、こう思って唇を噛んだとしても不思議ではない。

 何故、こうも多くの政治家が墓穴を掘って自滅するのか?と改めて思わざるを得ないが、近年稀に見るその自滅例と言えば、やはり、キャメロン前首相の国民投票敗北であろう。

近年稀に見る自滅例は、キャメロン英前首相の国民投票敗北

党内事情と一時の選挙対策に囚われた結果、キャメロン首相(当時)が、EU残留か離脱かを問う国民投票の実施に踏み切ったのは、去年2016年。しかし、目論見は見事にはずれて“離脱(Brexit)”が決定し、首相が即日、退陣に追い込まれてしまったのは記憶に新しい。英国のみならず欧州の政治史の教科書に間違いなく大書される歴史的自滅で、政治家・キャメロンにとっては後世にも伝わる汚辱になったのである。

 影響は今も甚大で、先行きは依然五里霧中、展開次第では欧州の勢力図を激変させる可能性さえ秘めているのだが、この稿で論じたいのはBrexitの行く末ではない。

キャメロン首相が打って出て敗れた大博打“国民投票”の是非である。

目論見外れたEUの”離脱(Brexit)”決定の一因は愉快票

いろいろ論じられているが、敗北の理由は、残留か離脱かの単純な問いに対して、本心は残留でも離脱に投じた抗議票や、その意味を理解しようともせず離脱に入れたという愉快票が相当数出たのが一因と見られている。(あくまでも一因)

当然ながら、総選挙の場合は、投票する候補や党首の顔と名前、政党名くらいは把握した上で票を投じるのが普通である。たとえ抗議の意思を示すとしても、保守党支持者がごりごりの労働運動家上がりの左翼候補に票を入れる可能性は低いし、逆に、理想に燃えるリベラルな若者が右寄りのベテラン保守政治家に投じる可能性も低い。抗議票は棄権か第三党に向かうことが比較的多いはずである。

しかし、あの国民投票に候補者は居なかった。

代わりに有権者に顔が見えたのは、時のキャメロン首相やEUのユンケル委員長、或は、自分の周辺にいるEUからの移民であった。

この結果、国民投票では、キャメロン首相が勝って大宰相の道を歩み始めるのが気に食わないとか、政権ナンバー2のオズボーン財務相(有能だが不人気)の首相後継の座が固まるのが嫌だ等の理由で、本心は残留支持にも関わらず離脱に投じた有権者が、特に労働等支持層の中に、居たといわれている。或は、傲岸に見える言動が鼻につくことの多いユンケル委員長が嫌いと離脱に投じた保守党支持者も居たはずである。

こうした人達のほとんどは、自分が離脱に入れても大丈夫、どうせ残留が勝つだろうとタカをくくっていたとも言われている。

また、愉快票と単純化して書いてしまったが、そもそもEUが何か?離脱とは何を意味するか?深く考えもせず、変化をとにかく望んだ、或は、ただただ騒動が起きるのを望んで離脱に投じたという若者も居たと伝えられている。

国民的議論が収斂し、熟柿が落ちるまで収穫は待ってもらいたい。

有権者は様々な理由で票を投じたり、投じなかったりする。全員が合理的かつ理性的に判断する訳ではない。イギリスの国民投票でもそうであった。しかし、その結果は重く、もはや後戻りは出来ない。残留か離脱かを単純に問うたイギリスの国民投票は、明らかに、拙速であったと言わざるを得ない。国民的な議論を、じっくりと、冷静に、もっと長期間に渡って続けた上で問うべきで、たとえキャメロン政権が倒れ次の代になっても引き継いで議論をするべきだったと思う。

後付けと言われればそれまでだが、国論を二分してしまったあの投票の弊害を見るにつけ、EU問題は国民全体の意見がほぼ収斂するまで先送りし、熟柿が落ちるのを待つのが賢明であった。キャメロン氏も、今なら同意するに違いない。

そこで、少し、考えてみたい。

近い将来、日本でイエスかノーかの国民投票が実施されたらどうなるか?

事の本質とは無関係に、安倍総理が気に入らないから、森友・加計が良くないから、或は、今の社会保障政策や財政再建策に賛成できないから、原発が不満だから、という理由で、投票行動を決める有権者がどのくらい出てくるだろうか、と。

国民的議論が収斂し大多数が納得する状況が生まれるまで、すなわち、熟柿が落ちるまで収穫は待ってもらいたいと願うのである。