イスとは何か?
イスを買うとしたら、どんなイスを選ぶだろうか?
デザイン、価格、材質、重さ…。様々な要素が判断基準になるだろう。
質問を変えて、「イスとは何ですか?」と聞くと、どうだろうか?
「人間が腰を掛けるために体を支える道具」「人が座るための家具」。答え方は色々あると思うが、基本的に機能の説明をするのではないだろうか。

本来、イスは「座るためのもの」なのだが、イスのメーカーや職人は多くの場合、まずいくつかのデザインを考え、座り心地はどうか、壊れにくさはどうかなど、座るための機能面を充実させて最適なものを作り上げていく。
こうした様々な要素を組み合わせていくことは人間の得意分野だ。より良い組み合わせをするために、人類はコンピューターを駆使することも積極的に取り入れてきた。
たとえば、さきほどの写真のイスから、材料を減らして軽量化し、コンピューターで力の分散を計算して強度を高めるとすると、このようなデザインが作り上げられる。

ここまでは、人間がコンピューターを使って行なってきた従来のデザイン手法だ。
それが、AI(人工知能)の発達により、新たなモノづくりが始まっている。
人間がまずすることは、「こういう機能を作りたい」と考えること。イスであれば、「軽くて、壊れにくく、人間が座ってもバランスを崩さないもの」といった機能のゴールと制約を決める。
最初のデザインを作るのはコンピューターだ。ビッグデータを使って、何千通りというデザインを生み出していく。

その中の優れているものから3Dプリンターなどで試作品を作り、実際の見栄え、座り心地、バランスなどを試す。そのうえで、必要に応じてさらにゴールと制約を決めて、また新たなデザインを生み出していく。
そうした工程を繰り返してコンピューターが設計すると、こんな形のイスが誕生する。

人間だけではなかなか想像がつかないデザインだ。
人間とコンピューターの共同制作によって、人間だけでは想像もつかなかったようなデザインを考える。こうした手法は「ジェネレーティブ・デザイン」と呼ばれている。
このイスを生み出したのは、サンフランシスコにあるオートデスク社だ。
ジェネレーティブ・デザインの先端を行く企業で、サンフランシスコ市内に工房を構えている。
ナイキやソニー、パナソニックなどの大企業と様々なプロダクトで協力しているほか、スタンフォードなどの大学関係者、スタートアップ、デザイナーやアーティストなど、常に多くの人が工房で研究開発をしている。
ものづくり工房は一般には公開されていないが、今回、特別に社内を案内してくれた。

新しいものが生まれる「仕組み」
中に入ると、大型の3Dプリンターなどがたくさん並んでいる。朝9時という少し早めの時間帯に訪れたが、すでに様々なジャンルのデザイナーやエンジニアが集まって、それぞれ試作品を作り始めていた。
大型の機械で金属をカットしている人は、飛行機のイスを作っている最中だという。この金属の塊が骨組や足置きになるようだ。「イスになる本当に最初の状態だから、どんな形になるか見当もつかないよね」と笑っていた。

その他、立体像を作るアーティストや、東京五輪で使うヨットを設計している人などもいた。こうした違うジャンルの人が集まって話し合うことで、新しいものが生まれていくのだという。
「様々な人がプロジェクトを持ってきて、まずはそれを作ってみる。そのフィードバックが私たちに返ってくるので、また次の新しいものが生まれるんです」とヴァネッサさんは語った。
工房にはひとつの自転車が置かれていた。ジェネレーティブ・デザインで生み出された自転車だ。

スタイリッシュでおしゃれではあるが、人間でも考え出せそうなデザインにも見える。しかし、本当に優れているのは内部のデザインだ。
本体のフレームの中は、金属が詰まっているわけではなく、空洞でもない、メッシュのような軽くて強い構造になっているのだという。
メッシュと言っても、幾何学的なつくりではなく、まるで細胞のような形になっていて、実際の使用シーンを考えて、どこから力が加わっても大丈夫な構造になっているのだという。

「軽くて丈夫な構造」という機能を自転車に合わせてデザインされた設計。デザイン画を元に、内部の構造を決めていくのと全く違うアプローチだ。
しかし、見えない内部の構造を人間の手だけで作り出すことは不可能。
これらのプロトタイプを生み出すことを可能にしたのが、工房にいくつも備えられた最新の3Dプリンターたちだ。
最新の日本製は「私たちの誇り」
ひときわ大きな3Dプリンターは、コンピューターで数値制御ができる日本製で、「今のところは世界最新モデルで、北米にはひとつしかないの。だから、私たちの誇りね」とのこと。
3Dプリンターとひとことで言っても、種類や用途は様々。
精巧に、速く、というのはもちろんだが、最近のモデルは、違う素材を組み合わせる機能を備えていて、新たな試作品づくりに役立っている。
内部の一部だけ色や素材を変えた球体や、硬さや触り心地が端に行くにつれて少しずつ変わっていく棒状の部品など、実際に触れてみると、かなりの驚きがある。

以前は、リサーチがメインだったというが、最新設備と共同研究する人たちによって、自分たちのミッションが変わってきているという。
「ここを拠点にいかにモノを作り、外部の環境を使って新しいものを生み出していくか。それが私たちの使命です」
ここからどんな製品やサービスが生まれるのか、注目される。