2020年の東京五輪に向けた1つの課題が決着した。

東京五輪は開会式が7月24日、閉会式が8月9日に行われる。

麻生副総理が会長を務める超党派のスポーツ議員連盟などは、交通渋滞や警備の混乱を招かないように、開会式と閉会式の当日や前後の日を祝日にして通勤・通学者数を抑制する案を検討してきた。

具体的には7月の第3月曜日となっている「海の日」を開会式前日の7月23日に 10月の体育の日を開会式の同24日に、8月11日の山の日を閉会式翌日の8月10日に移動する案。

麻生副総理らはそのための法案の提出を目指していた。

実現すれば、開会式前後の7月23日~26日は土日を挟んで4連休に、閉会式前後の8月8日~10日は3連休となる形だ。

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【反発する海事振興連盟と『海の日』の歴史】

ところが、これに待ったをかけたのが、「海の日」の制定を主導した、超党派の国会議員らによる「海事振興連盟」だ。

会長は衛藤征士郎元衆院副議長。安倍総理や麻生副総理も名誉顧問に名を連ねている。

これはきちんと伝えなければいけないが、海事振興連盟は、決して五輪への協力に反対しているということではない。

そもそも「海の日」制定の歴史的経緯に要因があったのだ。

「海の日」の前身である「海の記念日」は1941年(昭和16年)に制定され「7月20日」と定められた。

これは1876年(明治9年)に、明治天皇が東北巡幸の帰途に、灯台巡視船「明治丸」に乗船し、青森から函館を経て、横浜に到着した日に由来している。

しかし祝日とされなかったことから、海事振興連盟を中心に長い長い祝日化に向けた運動が展開され、1000万人以上の署名も集まった結果、1996年(平成8年)に、7月20日が「海の日」として祝日化された。

ところが2003年(平成15年)に、思わぬ事態が…
いわゆるハッピーマンデー制度により、「海の日」は歴史ある7月20日ではなく、7月の第3月曜日とされてしまったのだ。

海事振興連盟の衛藤征士郎会長は海の日の日付が変動的になってしまったことについて「この日を特別な日として扱わず、自治体などは行事から外してしまうということになった。我々の目的と全く離反してしまった」と嘆いていた。

7月20日だからこそ、全国の自治体も予算を確保して、海についての行事開催などに取り組んできたのに、それが水泡に帰したというわけだ。

そこに今回、オリンピックのために日付を移動させるとの話が出たことで、「海の日を何と思っているんだ!」との怒りの声が噴出したのだ。

【条件付きでの容認に転換】

こうした海事振興連盟の反発を受けて、祝日の移動を目指す側も動いた。

超党派のスポーツ議員連盟や、開催地・東京都の小池知事、さらに小池氏から見れば野党側である自民党の都議会議員たちも、東京五輪の成功に向けた気持ちは同じという事で、衛藤氏らに祝日移動への理解を得ようと要請に行った。

こうした動きを受けて、海事振興連盟側も「2021年から、海の日を7月20日に固定化してくれるなら・・・」と落としどころをさぐり、妥協点が見つかった。

4月6日の臨時総会では満場一致で「海の日」の移動を了承することになった。

衛藤氏は会合後に記者団に対し「東京五輪を成功させる。そういう強い使命感を持って臨んだ」と話した上で、「できれば今国会中にも」と早期の法整備に着手する考えを強調した。

2020年で妥協する代わりに、2021年以降ハッピーマンデーの縛りから解放されるという「実」をとった海事振興連盟。

本来それぞれの日付に意味がある祝日の意義と、余暇の有効利用や観光振興などでの景気浮揚を狙ったハッピーマンデー制度とが抱える矛盾にも一石を投じることとなった。