政府は4月13日、漫画や雑誌などをインターネット上に無断で公開している「海賊版サイト」の根絶に向けて、緊急対策を決めた。
緊急対策では、特に悪質なサイトとして「漫画村」「AniTube!」「MioMio」を明示し、プロバイダー事業者にサイトへの接続遮断を促している。
賛否が分かれ、すでに議論を呼んでいる政府の海賊版サイトへの緊急対策。一体、何が問題なのか?
憲法・情報法が専門の東京大学大学院法学政治学研究科の宍戸常寿教授に話を聞いた。
あまりにも性急でずさんな決定
ーー政府の海賊版サイトへの緊急対策に対する印象は?
悪質な海賊版サイトへの対策は確かに急務であると思います。
しかし、現実に実効性のある対策を取るためには、正確な情報や事実認識に基づいて議論すること、対策によって生じる弊害や副作用についてもきちんと検討することが、必要です。
今回の「緊急対策」は、このような検討が十分でないように思います。
これまで長年、ブロッキングが検討されてきたという説明もありますが、そうなのであれば世論も喚起されて、きちんとした立法がとっくにできていたはずです。
現実には、知財本部の部会で、非公開で1回議論しただけで、いまだ議事録も公開されていません。
プロバイダー団体や情報法の研究者がほぼ一致して懸念を表明する中、あまりにも性急で、ずさんな決定をしたという印象が、ぬぐえません。
「緊急避難」に当たるという理屈が明確ではない
ーー政府による海賊版サイトへの緊急対策、何が問題なのでしょう?
「緊急対策」は、字面の限りでは、事業者に対して、ブロッキングを具体的に要請していません。
これは、憲法が禁止する「検閲」に当たるのではないか、という批判を意識したものだろうと思います。
しかし、ブロッキングの実施が民間主導という反面で、特定のサイト名を挙げており、結局のところ、プロバイダーに「自発的」にブロッキングするよう「忖度」を求めるものです。
次に、ブロッキングが本当に有効な手段なのか、という疑問も指摘されています。
現実には、ブロッキングを回避する手段もありますし、「緊急対策」が発表された後にも、海賊版サイトの名称やドメインが変わったりしています。
今後、政府の下で対象ドメインを決める部会を作るようですが、行政が個別・特定の表現の遮断を求めることになり、実質的な検閲に当たるおそれも出てきます。
何よりも、海賊版サイトのブロッキングが「緊急避難」に当たるという理屈が、明確ではありません。
もし、海賊版サイトのブロッキングが緊急避難に当たるのだとすれば、名誉毀損的なサイトなども、すべてプロバイダーは遮断できることになってしまうでしょう。

「緊急避難」が認められるケースは?
ーー「緊急避難」が認められるのは、どういった場合なのでしょう?
「緊急避難」(刑法37条)とは、法律ができるまでの緊急対策という意味ではありません。
法律により一般的には犯罪となる行為について、例外的に、処罰されない(違法性が阻却される)場合のことを指しています。
例えば、今まさに車にひかれそうなお年寄りを見つけて、そのお年寄りを抱きかかえて道路の向こう側に走り抜けた、その瞬間に別の人にぶつかってけがをさせてしまったという状況を考えてください。
けがをさせたということは傷害罪が成立するはずですが、お年寄りの命を救うためにやむをえなかった、というのが、緊急避難です。
厳密には、緊急避難は、(1)現在の危難、(2)補充性、(3)法益の均衡の3つの要件がそろっている場合のことをいいます。
通信の秘密は憲法上の人権であり、表現の自由にも密接に関わる、重大な法益です。
このため、通信の秘密の侵害が「緊急避難」として許されるのは、自殺の防止や生命の救助等のほか、児童ポルノのブロッキングが限界です。
児童ポルノは、対象となった児童にとって過酷な人格権の侵害がネット上で継続している状態であり、全体的な児童ポルノ対策の中で、通信の秘密との関係でこの3つの条件がぎりぎり認められると判断されてきました。
今回の海賊版サイトの問題では、(1) 現在の危難は認められるものの、(2) の補充性については他の対策が十分に取られているのか、という指摘があります。
また、著作権は確かに重要な利益ですが、通信の秘密との関係では、例外中の例外である緊急避難を認めるための(3)法益の均衡の要件を満たさないのではないか、と批判されてきました。
現行法の下、接続遮断を認める唯一の方法は利用者の同意を得ること
ーー海賊版サイトの接続遮断は法改正をしてから行うのが妥当ということなのでしょうか?
そのとおりです。
プロバイダーに通信の秘密に触れさせる場合には、緊急避難のような例外手段でなく、法令に基づく正当な行為として、正面から認めることが適切だと思います。
もちろん、その法律は、国家による検閲にならない、表現の自由を不当に侵害しない、といった憲法上の要請を満たす必要がありますが、そのような立法は可能だと、私は考えています。
現在の法律の下で、海賊版サイトの接続遮断を認める唯一の方法は、利用者の同意を取ることです。
利用者が個別に同意すれば、通信の秘密をプロバイダーが侵害しても、違法ではありません。
マルウェア配布サイトへの接続を遮断する場合にも、この利用者による同意という方法が用いられています。
ただし、この場合は約款による、包括的な同意ですので、プロバイダーがきちんとした説明をすること、利用者の予測を超える事態が起きた場合に備えて事後的に同意を撤回できること(オプトアウト)、が条件になっています。
私は、現行法の下で、緊急の対策として接続遮断をしようというのであれば、このやり方が参考になると思います。
言い換えますと、そのような同意もとれないのに、「臨時的かつ緊急的な措置」という名目で、接続遮断をするのはやはり問題があると思います。
接続遮断で海賊版サイトは撲滅できない
ーー海賊版サイトを撲滅させるためには、どのような対策をとればいいのでしょう?
繰り返しになりますが、ブロッキングは、海賊版サイトを撲滅することにはなりません。
サイトはそのまま残ってしまい、ブロッキングを回避してアクセスする利用者は、後を絶たないでしょう。
根本的には、海賊版サイトの運営者に対する制裁を強化する、サイトへの広告を規制するなどのオプションも、検討が必要です。
何よりも、著作権に対する正当な理解、そして優れたコンテンツは無料ではなく、私たちが喜んでお金を払って支えるのだ、という普及啓発が不可欠です。
私自身、物書きの一人でもあり、著作物に対する正当な保護が必要だと思っています。
ただ、だからといって、国民一般の通信の秘密を、法律の根拠もなく、制限することには反対です。
一度、安易にそのような手段を認めれば、次は正当な表現活動が、やはり「緊急対応」という名目で、遮断されるリスクがあることを、常に意識すべきだと思っています。
宍戸常寿(ししど・じょうじ)
一橋大学法学研究科准教授などを経て、現在、東京大学大学院法学政治学研究科教授(憲法・情報法)。著書に「憲法 解釈論の応用と展開」など。