住民を恐怖のどん底に陥れた連続強盗殺人・暴行事件

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東部の暴行魔(The East Area Rapist)
元祖・夜のストーカー(The Original Night Stalker)
ダイアモンド・ノットの殺人鬼(The Diamond Knot Killer.)
ゴールデン・ステートの殺人鬼(The Golden State Killer.)

1970年代後半から80年代中頃に掛けて、ベイ・エリアと呼ばれるサンフランシスコを中心とする地区の住民を恐怖のどん底に陥れた連続強盗殺人・暴行事件があった。
同一の単独犯により、計12人が殺害され、少なくとも45人が暴行されたのだが、上記は、この犯人に付けられた呼び名の数々である。
あえてカタカナ表記をしたが、ダイアモンド・ノットは日本語では玉結びと呼ばれる紐の結び方、ゴールデン・ステートはカリフォルニア州の俗称である。

40年にも渡って悪魔の姿を隠し続けた男は元警察官

その連続強盗殺人・暴行魔が、日本時間25日午前、カリフォルニア州のサクラメントでようやく捕まった。

最初の事件から40年にも渡って悪魔の姿を隠し続けていた男は、現在72歳の元警察官、自らが犯行を続けた町・サクラメントの住宅街で、自分の娘や孫とのうのうと暮らしていた。
この男、ジョセフ・ジェームズ・デアンジェロ・ジュニアは、サクラメントにも程近いカリフォルニア州の町・オーバーン等で現職警察官だった頃に犯行を始め、1979年頃に万引き容疑で警察を解雇された後も凶行を続けていたと見られている。

生存している被害者の証言に拠れば、その犯行の手口はこうである。
夜、他人の家に侵入し、就寝中の被害者の喉元に刃物を突きつけ「声を出すな!出せば殺す!」と脅して被害者を縛り上げ、女性に乱暴してから金品を奪って逃げたという。
抵抗した被害者は容赦なく殺したのだろう。
銃で射殺された被害者もいる。
また、縛り上げた被害者をうつ伏せにし、背中に食器類を乗せて動けばすぐにわかるようにしてから、室内の物色をしたらしい。

被害者を縛り上げる際にダイアモンド・ノットを多用したのが、ダイアモンド・ノットの殺人鬼(The Diamond Knot Killer.)の呼び名の由来だろうと想像する。

逮捕に至った決め手はやはりDNA鑑定だった

当時の地域住民の中からは、ショットガンを購入したり番犬を飼い始める人が多数出たというから、一連の犯行が如何に人々を慄かせたかわかる。
手口から軍や警察の経験を持つ男の犯行の可能性が高いと当時も見られていたにも関わらず、万引きをしてクビになった元不良警察官に何故捜査の手が及ばず、その後の犯行を防げなかったのか?

その一方で、数年後に犯行が止んだ理由は何なのか?等、検証されるべき疑問の多い事件だが、今回、40年ぶりに逮捕に至った決め手はやはりDNAだったという。

ただし、鑑定の詳細は公表されていない。
合わせて100を遥かに超える犯行現場からは、証拠・痕跡が多数見つかったはずである。

重要なのはDNAの採取と保存、データベースの作成

当時のアメリカで、DNA鑑定の技術がどこまで拡がっていたのか筆者には不明であるが、80年代初頭の日本でまだ黎明期と言っても良いごく初期の段階であったことから類推すると、アメリカでも、それほど進歩していなかったと想像できる。
それが今になって鑑定可能になった理由は何なのか、こちらも大変興味深い。

例えば、古い断片的なDNAの複製技術が進歩したのが寄与したのか?
それとも、例えば、容疑者のDNAは十分採集されきちんと保存されたが、容疑者が全く浮かばず、一致するDNAが長年入手できなかった。しかし、家族ら容疑者に近い者が最近になって不審に気付き通報したのがきっかけなり、鑑定可能になったのか?
遠からず裁判で明らかにされると想像する。

現代の犯罪捜査において、DNAの採取と保存、そして、データ・ベースの作成は決定的に重要である。
DNA鑑定が無ければ、執念の捜査も及ばず、この容疑者はのうのうと逃げおおせた可能性が高い。

英語ではCold Caseと呼ばれる迷宮入り事件の解決には、こうした新しい技術が不可欠ということを改めて思い知った次第である。

犠牲者の冥福を祈りたい。