新型コロナウイルス感染対策やGoToトラベルキャンペーンでの混迷ぶりに、外出自粛を解除した途端の満員電車の復活。ポストコロナに向けて、この国は大丈夫か?

「withコロナで変わる国のかたちと新しい日常」第34回目は、APU=立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏にポストコロナの日本社会のかたちを聞く。

立命館アジア太平洋大学 出口治明学長
立命館アジア太平洋大学 出口治明学長
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GoToトラベルで試されるリーダーの役割

――「GoToトラベルキャンペーン」で、政府の方針が二転三転しています。

出口氏:
APUがある別府市の皆さんも「キャンペーンは有難いが、この時期にやるのはちょっと心配だ」と言っています。この状況で予定通りやるのは、社会常識的にも少しおかしいと感じています。もっと臨機応変に対応できないものでしょうか。君子は豹変してもいいわけですから。

――別府では、市が独自で「別府鬼割プラン」という宿泊業への需要喚起策を打っていますね。

出口氏:
別府では新型コロナの影響を受けて、長野恭紘市長が図書館新設プロジェクトなどの継続案件を中止して、そのお金を新型コロナ対策に投じました。情を考えれば予定通りやるのがいいのですが、情に流されず嫌なことをやるのがリーダーの役割です。一生懸命準備してきた人は、ここまでやってきたので止められません。リーダーの役割の1つは、動き出したプロジェクトを止めることにあるわけで、走り出したものを止められなければ、それは極論すれば第2次世界大戦に突入したのと一緒です。

テレワークは上司力を見える化する

――コロナによって社会の抱える様々な課題が顕在化してきました。

出口氏:
僕はコロナによって社会が良くなっていくと思います。市民のITリテラシーは間違いなく上がっています。例えば、72歳の僕でも1日7回くらい「Zoom」を使いこなしています。コロナ以前では考えられなかったことです。

資生堂やIBMのように「テレワークをベースにして皆をオフィスに集めることは止めよう」と新しい構想を打ち出す企業もあれば、「テレワークで生産性が下がった」と皆を会社に集める企業もある。実はテレワークは部下だけではなく、上司のマネジメント能力が見えるようになるのです。

――テレワークで上司の力が試されるわけですね。

出口氏:
部下にテレワークをさせようと思えば、上司が上手に仕事を割り振らないと出来ません。これまでの日本企業は、管理職が皆を集めて「よく考えていい資料を作ってくれ」と丸投げするだけ。上司はただの通過点でした。こういう企業が、テレワークをやったら生産性が下がるわけです。「テレワークで生産性が下がった」と言っている企業は、経営者も管理職も「私たちは実は仕事ができません」と言っているに等しいのではないでしょうか。実際、そういう企業が多いのはとても残念ですが。

テレワークが定着した企業とそうでない企業がある(画像はイメージ)
テレワークが定着した企業とそうでない企業がある(画像はイメージ)

日本の恥部は労働生産性と女性の社会的地位

――首都圏では満員電車が復活していますね。

出口氏:
それは、トップの姿勢次第だと思いますよ。トップが「会社に来るな」と言えば誰も来ませんよね。日本社会が抱える構造的な問題は2つあります。

日本は比較統計を取り始めた1970年以降、G7の中では労働生産性が常に最下位という世界記録を更新中です。日本は「G7の中ではアメリカに次いでGDP2位だ」と威張っていますが、それは人口がアメリカに次いで2位なので、当たり前のことですよね。

――もう1つの問題というのは?

出口氏:
女性の社会的地位ですよ。ジェンダー・ギャップ指数は153カ国中121位でしょう。これはなぜかというと、例えば日本の大企業では残業が終わってから、上司が部下を飲みに誘うわけです。そこでついて行った部下を評価するわけです。ある大企業のトップは、「部下を抜擢するには麻雀をやるのが一番だ」と言っていました。それは一面の真実かもしれませんが、この企業では麻雀が出来ない人は永遠に抜擢されないわけです。

――こうした企業では女性が圧倒的に不利になりますね。

出口氏:
女性は家事や育児や介護を押し付けられているので、早く帰りたいと思うから日本社会では偉くなれなかったんですよ。「飲みニケーション」や麻雀のような悪しき慣習が原因です。

しかし、テレワークになるということは、そういう制約がなくなるということですから、日本の恥部である女性の社会的地位と労働生産性を向上する必要条件が整ったのです。ただしこれを活かせるかどうかは、企業のトップやメディアにかかっています。ITリテラシーの向上を労働生産性と女性の社会的地位向上に結び付けられるように、メディアはきちんと問題点を指摘してほしいですね。

「日本の恥部は労働生産性と女性の社会的地位」と指摘(画像はイメージ)
「日本の恥部は労働生産性と女性の社会的地位」と指摘(画像はイメージ)

未成熟な社会と広がるポピュリズム

――わかりました。ところで東京の感染者数が急増し、感染者、特に若者に対してバッシングする風潮が出ていますね。

出口氏:
コロナは“自然災害”ですから、本人がいくら注意していても罹る場合はあるのですね。感染者が悪いわけではないのですよ。感染者をバッシングする社会は未成熟です。これは病院関係者をバッシングしたことと同じです。ヨーロッパなど先進国ではエッセンシャルワーカーを拍手でむかえているのに、日本では差別した。ベネディクト・アンダーソンが言うように、「国民国家は想像の共同体」なので、このような未成熟さを正しく指摘するメディアの役割はとても大きい気がしますね。

――「この秋には消費税引き下げを争点に総選挙があるのでは」という憶測もありますが。

出口氏:
解散権は首相の権限の1つですが、市民がそれを望んでいるかどうかですね。市民がいま望んでいるのは、「日本は世界的に見ると新型コロナ対策が相対的にはうまくいっている方なので、第2波などこれからも上手く抑え込んで世界に冠たる日本モデルを作ってほしい」ということじゃないでしょうか。消費税を下げるのは、ポピュリズムの最たるものだと思います。代わりの財源は何にするんでしょう?

――国債発行でしょうね。

出口氏:
税を下げるのなら代わりの税源を考えないと、未来の子どもたちに顔向けできないですね。国債が根本的に問題なのは、子どもや孫が分けるべき税金をお父さんやお爺さんの世代が先食いして勝手に分けてしまうことです。ですから、大量の国債発行は民主主義の正統性に反します。民主主義は、自分たちで払った税金を自分たちで分けるというのが根本原則です。もし消費税引き下げを争点にして選挙を行うのなら、代わりの税源を明示して信を問うてほしいと思いますね。

――ありがとうございました。後編は日本の教育問題について伺います。

【聞き手:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。