朝鮮戦争の『終結宣言』が行われなかった理由

歴史的な米朝首脳会談のハイライトとしてトランプ大統領と金正恩委員長が署名した共同宣言。
その残念な内容と同じくらい気になったのは、朝鮮戦争の『終結宣言』が行われなかった理由だ。
それは、トランプ大統領が会談後の記者会見で突然、米韓合同軍事演習の中止検討を表明したことと表裏一体だと考えるべきだろう。結論から先に言えば、『終結宣言』より演習中止が優先されたのだ。

『終結宣言』は1953年から続いている朝鮮戦争の『法的戦争状態』に終止符を打ち、平和協定へと進む第一歩となる。「歴代の大統領にできなかったことを俺はやった」「真に歴史的な成果だ」と誇ってみせたいトランプ大統領は、是が非でもやりたかったはずだ。実際、会談前には前向きな発言を一度ならず行っていた。

待ったをかけたとすれば、それは金委員長の方だ。

『終結宣言』に法的効果はない

米韓合同軍事演習

『終結宣言』は金委員長にとってもメリットはある。

『終結宣言』→休戦協定を平和協定へ転換→米朝国交正常化→在韓米軍の削減・撤退という流れは不可逆的なので、『終結宣言』は金正恩体制の存続=体制保証の第一歩にもなるからだ。

しかし、『終結宣言』は象徴的な政治宣言にすぎず、それ自体に法的な効果は何もない。トランプ大統領にとっては11月の中間選挙に向けて格好のアピール材料になるが、金委員長はすぐに実利を得られるというものではない。今すぐ欲しいかどうかという点では大きな違いがあった。

休戦協定を平和協定へ転換するには、米朝に加え、休戦協定のもう一つの署名国である中国を交えて交渉し合意することが必要になる。平和協定の重要事項は国境の画定なので(軍事境界線の廃止だけでなく、南北領海や南北中のEEZの画定も必要)、交渉には年単位の歳月がかかると予想される。つまり、『終結宣言』は花火みたいにその時のアピール力は強く派手だが、すぐに消えてしまい、長く事を進めていく“推進力”たりえない。“推進力”はもっと根源的で具体的でなければならない。

今、トランプ大統領と金正恩委員長が最も必要とするもの。それはシンガポール会談の共同声明を経緯とともに再検討することで見えてくる。

共同声明は金氏のトランプ不信が勝った結果

共同声明に「完全な非核化」と「安全の保証」は書き込まれたが、いずれも具体的な進め方についての記述はない。前者は板門店宣言の焼き直し、後者はこれまでのトランプ発言を文書化しただけだ。
トランプ大統領が譲りすぎとの評価がもっぱらだが、金正恩委員長の立場からすれば、体制保証が具体的でなく不十分なのだからCVID(完全で検証可能かつ不可逆的な非核化)にはとても踏み出せない。首脳間の“取引”の出番なんてなかったし、そもそもトランプの言うことを信用せよということに無理がある。
金委員長のトランプ不信が勝った結果がこの共同声明と言える。

振り返ってみれば、5月16日に南北閣僚級会談を北がドタキャンした際に理由にあげた米韓空軍の合同訓練「マックスサンダー」への非難は、韓国の先にアメリカを見据えたものだった。結果的に戦略爆撃機B52の参加取りやめという弥縫策でやり過ごすことになったが、首脳会談まで1ヵ月というタイミングで軍事演習をやってくるアメリカへの不信感と怒りはピークだったのだろう。それが5月24日にトランプ大統領が「会談中止」を発表した際の、北朝鮮側の「敵意」や「怒り」発言に表れたとみるべきだ。

トランプと金正恩なのだから、いつもの駆け引き、けん制、瀬戸際外交と受け止めがちだが、通奏低音は一貫して「トランプは信用するに足る大統領なのか?」だった。非核化で裏切りを重ねてきた北朝鮮だからこそ、取引相手と見込んだトランプ大統領の信頼度に極度に敏感になる。そこを冷静に見るべきだ。

その意味でトランプ大統領は、金委員長との会談直前にも、大きな失敗を犯してしまう。

トランプ大統領の大失敗

それは、一度はトランプ大統領も合意したG7首脳宣言を、直後に「承認しない」と手のひら返ししたことだ。

カナダ東部のシャルルボアで6月8、9両日に開催されたG7は、自由貿易をめぐる対立でG6+1(1はアメリカのこと)と評されるほどトランプ大統領が孤立したが、各国首脳の説得もあって、トランプ氏は首脳宣言にOKを出した。しかし、カナダのトルドー首相の議長総括会見でのトランプ批判が聞き捨てならないとして、シンガポールへの移動途中に「首脳宣言を承認しない」と言い捨てたのだった。

これを知って金委員長がトランプ大統領への疑いを一段と深めたのは間違いないだろう。
暴言、虚言、妄言の類は事欠かないトランプ氏だが、アメリカ大統領として、各国首脳との間で合意したことを、いとも簡単に感情まかせでひっくり返したのだ。
であれば、金委員長との合意は守ると言われても、信じられるはずがない。

「信頼」は傷つきやすく 失われるのも早い

もともと不信感で固められた米朝関係。首脳会談の実施が決まってからも信頼を醸成するどころか敵意を抱かせる軍事演習の実施。そして会談直前の大統領のぶち壊し発言だ。

ことここに至っては、早急に具体的行動で信頼に値するところを示すしかない。
それが「米韓合同軍事演習の中止」だったと考える他ない。

「信頼」問題がクローズアップされたのが首脳会談の直前だったからこそ、「中止」の事前の打診が韓国にも日本にも、そもそも本国の国防総省にもまともに伝わっていなかったのだろう。
もしかしたら、「信頼」問題こそが首脳会談でのトランプ大統領と金委員長の唯一の“取引”だったのかもしれない。トランプ大統領の言葉は信頼できると疑いの余地がない形で見せてもらう。
合格なら一緒に『明るい未来』へ進もうじゃないか‥という“取引”だ。

その後の「中止」をめぐる情報をウォッチしている限り、実際に演習は「中止」される方向だ。正式な「中止」発表をもって「完全な非核化」の実務的な動きが再スタートすることになるだろう。まずはポンぺオ国務長官の北側カウンターパートが指名され、実務協議の日程が決まることを期待したい。

そして、朝鮮戦争の『終結宣言』は次の米朝首脳会談の目玉として日の目を見ることになるのだろう。
だが、「信頼」は外交の基盤であるにもかかわらず、得難く、しかし傷つきやすく、失われるのも早いことを肝に銘じておきたい。それが史上初めての米朝首脳会談が実現に至る過程をウォッチして得た教訓だ。

(執筆:フジテレビ 風間晋 解説委員)