日本各地を襲っている豪雨被害。今回の「令和2年7月豪雨」では、浸水や土砂崩れなどが発生した地域があり、避難生活を余儀なくされているところもある。

新型コロナウイルス感染拡大の影響もあるため、ストレスや疲労などがよりたまりやすくなっていると思われる中、一般社団法人・日本循環器学会が7月7日、避難生活では循環器疾患のリスクが高まる傾向にあるとして、「避難所における新型コロナウイルス感染症に配慮した循環器疾患の予防と対策」と題した注意喚起の声明を出した。

エコノミークラス症候群で命の危険も

「阪神・淡路大震災、東日本大震災など過去の震災、水害等の被災時において、急性心筋梗塞や心不全、エコノミークラス症候群など多くの循環器疾患の発症が増加することが報告されており、発災後に生じる被害を可能な限り減らす減災の視点が極めて重要です」

声明ではこう述べた上で、循環器系は最もストレスの影響を受けやすい臓器系の一つとし、災害時には発症の増加が報告されていると指摘している。その上で、避難生活における、新型コロナウイルスにも注意した循環器疾患の予防対策を、全11項目に渡って解説している。

声明の一部(提供:日本循環器学会)
声明の一部(提供:日本循環器学会)
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ここでは、避難生活で脚を長時間動かさない状態にあると、肺動脈塞栓症(エコノミークラス症候群)を発症し、命にかかわることがあると紹介。1日20分以上歩くなど、相談の上で、避難所でも定期的な運動をすることを勧めている。

エコノミークラス症候群は長時間の着座などで発症する(画像はイメージ)
エコノミークラス症候群は長時間の着座などで発症する(画像はイメージ)

また、血栓を防ぐために十分な水分を取ること、災害前の体重から急激に体重が増減した場合は心不全や慢性腎臓病の悪化がないか、確認するようにとしている。

そして、今回の避難生活が異なるのは、新型コロナウイルスによる感染症の可能性も考えなければいけないこと。声明では感染対策を徹底するようにも呼びかけている。

実際の避難生活では、どんな病気にリスクがあるのだろう。そしてコロナ禍でどう健康を守ればいいのだろうか。日本循環器学会の常務理事・野出孝一教授に伺った。

症状として多いのは静脈血栓

――避難生活ではどんな循環器疾患にかかる可能性がある?

症状として多いのは、静脈に血栓ができる静脈血栓で、それが肺に届く、肺梗塞(肺動脈塞栓症)ですね。長時間の座位などが続くと脚の静脈に血の塊(血栓)ができて、それで肺の動脈が詰まります。重篤な疾患例となります。

高齢者の場合は、ストレスや食事の変化、服薬がうまくできなくなることで、心不全を発症・悪化することも多いです。このほか、心筋梗塞や脳梗塞を発症する可能性もあります。

日本循環器学会の常務理事・野出孝一教授
日本循環器学会の常務理事・野出孝一教授

――それらを発症すると、どんな症状が出る?

肺梗塞では、胸の痛みが起きるほか、肺の機能が低下して息苦しさを感じます。全身に酸素が回らなくなるので、だるさや疲れを感じることもあります。心不全の症状も肺梗塞と似ていて、全身の倦怠感、息苦しさ、胸の違和感などを感じます。心筋梗塞の場合は、強烈な胸の痛みのほか、肩やお腹に痛みが出ることもあります。


――自宅と比べると、避難生活の何が良くない?

一番は環境の変化による精神的ストレスです。肺梗塞の原因は静脈血栓なので、長時間の座位、車中泊などで脚を動かさない姿勢もよくないですね。服薬が中断することもよくありません。心不全の人は症状が急に悪化すること、高血圧の人は脳梗塞や脳卒中、心筋梗塞などの発症につながることもあります。不眠も循環器系の危険因子にもなります。

このほか、水分の摂取が不規則になるという問題もあります。水分は摂取量が少ないと、脳梗塞や心筋梗塞などの要因となりますが、心不全の人は過剰摂取すると血液量が増え、心臓に負担がかかることにもつながります。心不全の人は利尿薬を服薬していることがあり、尿を出すことで全身の血液循環量を適切に保っているのです。
 

新型コロナ予防で車中避難が増加か

――新型コロナウイルスの感染拡大の影響は?

避難生活でも3密を避けようとするので、避難所に収容できる人数が減ると思います。(豪雨被害の)熊本などでは、実際にそうした問題も起きています。そうすると、車内に避難する車中泊が増えてくると考えられます。車内では運動量が減り、脚を動かすことも少なくなるので、静脈血栓ができやすくなり、肺梗塞のリスクも高まるでしょう。ここは問題点だと思います。
 

車中避難が増える可能性もあるという(画像はイメージ)
車中避難が増える可能性もあるという(画像はイメージ)

――避難生活での健康を守るためには?

新型コロナウイルスの予防を考えると、まずはマスクを清潔に使うこと。3密を避けるのは当然として、家族や知り合いでも飲食物などを共有しないことも望ましいでしょう。その他は通常の避難生活と同じで、歩くこと、適切な水分の摂取、睡眠を取ることが望ましいです。

一時、一部の降圧薬(高血圧の薬)が新型コロナウイルスに悪く作用するのでは?と言われていましたが、そうでないことが分かっています。服用中の薬はきちんと飲むことも大切です。


――健康面で望ましくない習慣や行動などはある?

たばこを吸われている人は、ストレスで吸いたくなると思いますが、肺梗塞や心筋梗塞などの原因となります。周囲の間接的な喫煙にもなるので、禁煙していただきたいと思います。

食事面では栄養の偏りも心配です。避難生活では仕方のないことですが、弁当やインスタント食品など、糖分や塩分に偏ることが想定されます。難しいと思いますが、できる範囲でバランスの良い食事をして、血圧が上がらないようにしてほしいですね。

胸痛や足のむくみには要注意

――避難生活で注意すべき、症状のサインはある?

肺梗塞は突然の胸痛や息苦しさ、呼吸困難を感じる
ことが症状のサインとなります。酸素療法や血栓を溶かす治療などが必要となるので、こうした症状が出たら安静にして、すぐに救急車などを呼んでください。また、静脈に血栓ができると、脚がむくんでくることがあります。腫れたりしていると血栓ができている可能性もあるので、こちらもサインとなるでしょう。
 

脚のむくみには要注意(画像はイメージ)
脚のむくみには要注意(画像はイメージ)

――体重の急激な増減は、なぜいけない?

心不全は症状が悪化すると、全身に水分がたまり、体重が増える傾向にあります。また、腎臓が悪化しても尿が出にくくなり、体重が増える傾向にあります。1週間に2キロ以上急に体重が増えたとなれば、心臓や腎臓などの機能が悪化していることが疑われるためです。


――避難生活を送る人に呼びかけたいことは?

避難生活は大変で、ストレスもあると思われます。思うように出歩けないかもしれませんが、体を動かすだけでも肺梗塞の予防にもなり、ストレスの解消にもなるので、体操のような形でも運動をしていただければと思います。胸の苦しみや痛み、全身の倦怠感などを感じたら、遠慮せずに早めに助けを求めて、病院で治療を受けていただければと思います。
 

車中避難では、足首やふくらはぎを動かそう

長時間の座位などが肺梗塞が発症する危険性を高める一方で、新型コロナウイルスの影響で、車中避難を余儀なくされることが増えるかもしれないとのことだった。

こうした状況を受けて、日本静脈学会は車中避難での健康被害を防ぐためのポイントを学会のウェブサイトで公開している。これによると、車内では足首を前後に動かしたり、ふくらはぎをマッサージすること、寝るときには足を伸ばせるようにすることなどが大切という。

加えて、車内での熱中症を防ぐために、車内の温度が上がらないようにすること、意識的に水分を取ること、寝苦しいと感じたら避難所に移ることも勧めている。

健康被害の予防するためのポイント(提供:日本静脈学会)
健康被害の予防するためのポイント(提供:日本静脈学会)

災害に見舞われると、肉体的にも精神的にも相当の負担がかかる。さらに今回は、コロナ禍というストレスもある中で、これらの対策をしっかり取るとともに、循環器系の病気は外見からは異常が分かりにくいところでもあるので、異常を感じたら早期に助けを求めることを心がけてほしい。
 

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プライムオンライン編集部
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