小児救急病棟から「虐待の有無を調べて欲しい」、「患者さんをサポートしてほしい」などの依頼がある場合、私は通常ポケベルで呼び出され、即座に小児救急病棟へと電話をかける。

これまで幾度となくこのルーティーンを繰り返してきたが、どんなに回数を重ねても電話の向こうからcardiac arrest(心肺停止)という言葉を聞いた時に感じるズシンとした心の重みには決して慣れることはない。

医師は赤ちゃんの寝ている環境に注目する

image
この記事の画像(4枚)

小児救急病棟でソーシャルワーカーとして働く私にとって、「クライシス」や「トラウマ」と呼ばれる「危機」は常に隣り合わせになる。

「レベル1」のトラウマセンターであるこの病院には、深刻度の高いケースが多く運ばれてくる。

数ある「危機」の中でも私を含めたスタッフ一同が一番恐れているのは、やはり「死」だ。

しかし残念ながら2ヶ月に一度ほどの頻度で心肺停止の子供が運ばれてくる。

この日、運ばれてきたのは心肺停止状態の生後2ヶ月の女の子の赤ちゃん、ダリア(仮名)。

一見したところ、まるで眠っているかのようで、怪我やあざなどは一切見当たらない。救急隊員に蘇生されながらトラウマベイ(救急患者に対応するための特別エリア)に運び込まれ、一斉に医師が周りを取り囲み、小さな体に蘇生が続けられる。

時には30分以上にもわたり蘇生が続けられることもあれば、この時のようにわずか10分の蘇生が試みられた後、残念ながら死亡が宣告されることもある。

着の身着のままの格好でダリアに付き添ってきた母親は、蘇生が続けられている間、所在無さげにトラウマベイの周りをウロウロとしていた。

母親の横には誰もおらず、この病院を利用する大多数の子供がそうであるように、この女児もまたシングルマザーに育てられていたのだとすぐに察しがつく。

私が勤めている市営病院は、NY市の中でも貧困率、犯罪率、児童虐待率が高いとされるブロンクスにある。さらに市営病院は支払いの不可にかかわらず患者を受け入れるため、利用者の多くが貧困層に属している。

アメリカにおける1人親家族(そのほとんどがシングルマザー)と貧困との関連性は長年、専門家らにより研究、指摘されているが、それを日々病院では目の当たりにすることが多い。

image

私の役目は狼狽する母親に真っ先に寄り添い、心理的なサポートをしながら出来る限りの情報を収集すること。

名前や住所、かかりつけの病院や健康状態など、心肺停止の状態に至った原因が何なのか、少しでも手がかりになる情報を集め、医師と共有する。

運ばれてきた子供が赤ちゃんの場合、医師が注目する一つに、sleeping arrangement(どのような環境で寝ていたのか)がある。

1歳未満の赤ちゃんの予期せぬ突然死は一般的にSIDS(乳幼児突然死症候群)と呼ばれている。多くの場合が、うつ伏せ寝や添い寝など、窒息死の可能性を示唆する状況となっている。

ベッドにおける窒息事故死とSIDSでは、司法解剖を行ってもその違いがはっきりとは判明しないことから、近年のアメリカではSIDSに加えて、原因不明、窒息事故などの突然死を総称したSudden Unexpected Infant Death (SUID)という言葉が使われている。

死因が不明の場合は「親の過失」も考慮する

米疾病管理予防センター(CDC)の報告によれば、アメリカで2015年にSUIDで亡くなった乳幼児は3700人に上り、統計を取っている他の先進国に比べると圧倒的に多い。

ダリアのような乳幼児が外傷なく心肺停止で運ばれてくると、まずSUIDが疑われる。

死亡が確認された時点で私は医師と連携をとりながら、家族への報告を行う。医師と家族の間に立ち、家族の気持ちに寄り添いながら対応することが一つ大きな役割である。

専門用語が飛び交い、状況が理解できないというようなことがないよう、噛み砕いた説明を医師に促し、家族への説明を補助する。

死が宣告されてから、家族は一定時間を亡骸と過ごすことが許されており、個室で子供との別れを惜しむ。

力ないダリアの抜け殻を抱き、泣き崩れる母親に寄り添い、できる限りの形で慰めてみるものの、そのほとんどの場合、生々しすぎる母親の感情にこちらも押しつぶされてしまい、結果、一緒に涙を流しながらただただ黙って寄り添うことも少なくない。

この日もまた、私は痛々しい姿の母親の横で、彼女の背中をさすりながら涙を流していた。

その後、私は赤ちゃんの思い出のものを詰めたメモリーボックスの提供や、今後の葬儀や埋葬についての情報提供、グリーフ・カウンセリング(喪失を経験した人への専門的なカウンセリング)への照会などを行っていく。

そして、最後にSCR(一括虐待通報システム)への通報を行う。Child Protective Service=CPS(児童保護サービス)の介入のためである。

NY市では、子供が死亡した際、原因不明の場合、もしくは親に過失があったと想定される場合にはSCRへの通報が通例とされている。

image

ダリアの場合、SIDSもしくはSUIDが原因と予想されているが、司法解剖されるまでは、はっきりとした死因はわからないため、通例どおり通報を行った。残酷な考え方ではあるが、親が故意に死に至らしめた、という状況も完全には拭えないからである。

その間、医師はNYC Medical Examiner’s Office (NY市検視局)へと連絡し、ダリアのケースを報告する。

NY市では犯罪(暴力)や事故、自殺、突然死、疑わしい死、そのほか明らかな死因(交通事故や慢性の病気)なしで死亡した場合、そのほとんどがNY市検視局へと送られ、司法解剖によって最終的な死因が判定される。

NY市検視局には絶対的な権限があり、病院から報告を受け、ケースを受託した時点で一切の主導権が握られる。

検視局は報告を受けてからすぐにField investigatorと呼ばれる調査員を病院へ派遣し、子供の死亡をめぐる状況をつぶさに親から聞き出す。子供の健康状態、最後の食事、睡眠時の配置、911通報直前の様子などである。

その後、自宅へも赴き、その現場を検証する。

司法解剖も含めた最終的な報告書は2ヶ月ほど経った時点で出されるが、仮報告はすぐに出され、警察、CPSと共有される。

子供を亡くしたばかりの親から状況などをつぶさに聞き出し、捜査することは非人道的だと感じる人もいるかもしれない。

しかし、アメリカでは実際に、仮報告書で殺人と断定され、一転、虐待死の捜査が始まる場合も少なくない。また、親の薬物使用やアルコール依存などが原因で、就寝中に不注意に子供を死に至らしめてしまったというようなことが明らかになったりもするのだ。

虐待大国アメリカ、中でもブロンクスにおいては残念ながら、子供の死は常に用心深い目で対応せざるを得ないという悲しく、厳しいが現実がある。

しかし、捜査によって情報を収集し、また司法解剖のデータを蓄積していくことで、子供の死を一つでも減らせるようにと捜査機関が一体となって取り組んでいるのだ。