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私は過去に何回かアメリカ大統領の誕生のこの式典を現地で見てきたが、今回ほど人出に乏しく雰囲気の盛り上がりに欠けた就任式は初めてだった。

まず人出だが、当初80万人の見物客が全米から集まってくると就任式実行委員会は発表していた。
ワシントンDCの人口は約70万人だから、人口が2倍以上に膨れ上がることになる。

街は人で埋め尽くされるのではないかと心配された。
私たち取材陣も、就任式典を遠望したりパレードを取材する場所を確保するために、夜明け前から現場に出かけて、寒い中足踏みをしながら開始を待ったものだった。

ところがである。就任式典が始まる正午になっても、議会正面の仮説舞台に面したいわば一等席のモールの空からの中継映像は、まだまだ見物客を収容できる余地が残っていることをはっきりと見せていた。 一方、式典会場の議会からホワイトハウスまで約2.5キロのパレード沿道も同様で、私はパレード開始直前になってから出かけても道ばたの最前列の場所を確保できてしまった。

「どうなってるんですか?」。東京でテレビ中継を見ていた元駐米特派員の友人がメールを送ってきた。

彼は、2009年のオバマ大統領の就任式をワシントンで取材したのだが、その際は午前3時に取材地点を確保すると、パレードが終わった午後5時まで群衆の中に埋もれた形で一歩も身動きが出来なかったと言っていたので、今回の様子を見て信じられなかったようだ。

通常約1万5000人が参加、4時間前後かかるが、今回は約7000人、2時間で終了。舞踏会は三会場だけ。

パレードの内容もあっさりとしていた。

今回は82団体約7000人が参加したと発表されていたが、通常は1万5000人ぐらいが参加してパレードは延々4時間前後かかるのだが、今回は2時間ほどで終わってしまった。 また、大統領就任式には舞踏会が付きものだ。

1993年のクリントン大統領の就任式の時はワシントン周辺に十数カ所の舞踏会場が設営され、夜になると市内はタキシード姿の男性とイブニングドレス姿の女性たち、彼らを運ぶために近隣都市からもかき集められたリムジン型ハイヤーで埋め尽くされた。

新大統領夫妻がひとつひとつ会場を回って支持者達とダンスをし、ビル・クリントン大統領は得意のサックスの演奏を披露したものだった。

その舞踏会が、今回は3会場だけだった。
タキシード姿の人たちやリムジンを目にすることもなく、時折夜のワシントンの静寂をパトカーのサイレンが破るのを耳にしてVIPたちが移動していることを知るだけだった。

もうひとつ、大統領就任式の名物がある。

就任式記念の自動車ナンバープレートだ。就任式前後の3ヶ月だけ通用するもので、アルファベットと数字の組み合わせ5文字以内で好きなナンバーを申請できる。
私も1981年のレーガン大統領の際に「KIMRA」というプレートを手に入れて、今も書斎の壁を飾っている。

このナンバープレートの売上げで就任式の費用を賄っていると言われていたが、今回はその発行が見送られた。

「大統領就任式は、国民から遠い存在」。“地味”な演出は、トランプ大統領自身の指示

ことほどさように今回の就任式は「地味」だったのだが、それはトランプ大統領自身の指示だったからだといわれる。
トランプ大統領の誕生を快く思わないアメリカ国民の間では、大統領が不人気の中で派手な演出を避けたのではないかという見方をする人も多い。

確かにトランプ大統領の支持率は40%前後で、歴代大統領の就任時の支持率より大幅に低い。
しかし私はトランプ大統領の就任演説を聞いて、これこそがトランプ流なのではないかと考えた。

新大統領の就任演説は16分と短く、過去の名演説に見られた美辞麗句もなかった。
その代わりに新大統領は「ワシントンこそが諸悪の根源」と言わんばかりに既存勢力に牙を剥き、「これからはあなた方国民が政治の主人公だ」と強調していたからだ。つまり、トランプ新大統領にとって大統領就任式こそが「国民から遠い存在」のワシントン政治の象徴に見えたのではなかっただろうか。

つまり、新大統領は「国民に無縁の行事にかまけてる暇などない」と、そこそこに就任式を終わらせたように思う。
23日からホワイトハウスで執務をはじめ、つぎつぎと新政策を実行する大統領令を出してゆくと言われる。

経済問題も外交関係も「アメリカ・ファースト」

TPP(環太平洋連携協定)からの離脱はすでに公表済みだし、「できるわけない」と言われたメキシコ国境の壁の建設も予算を議会に申請するという。
米国の雇用を奪うような企業活動には制裁的な処置をほどこすことは就任演説でも強調していた。

それらの政策は「アメリカ・ファースト」という考えで貫かれている。
就任演説には「バイ・アメリカン(米国製品を買おう)」「ハイヤー・アメリカン(米国人を雇用しよう)」という刺激的な言葉もあった。

経済問題だけでなく、外交関係でも「アメリカ・ファースト」は貫かれるようで、「諸外国とは友好関係を築いてゆくが、それは、自国の利益を第一を前提にしてのことだ」と念を押している。 
こうして「トランプ時代」がはじまったわけだが、それは新大統領が選挙期間中から公約していたことにすぐに着手するということだ。

「トランプ氏も大統領になれば、側近の助言や世界の実体を知って選挙中の過激な主張も収まるのではないか」。
こうした希望的観測もあったが、その就任式はトランプ大統領はドナルド・トランプ以外の何者でもなく、その打ち出すものはさらに過激になるのかもしれないと考えさせられたものだった。