7月13日、中国で人権や民主化を訴え、服役中にノーベル平和賞を受賞した後、事実上獄中死した劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏の一周忌を迎えた。
その3日前、中国政府は突然、病気の治療を理由に妻の劉霞(りゅう・か)氏を解放し、ドイツへの出国を認めた。劉氏のノーベル賞受賞以来、約8年にわたり彼女を軟禁状態に置いてきたにも関わらずだ。

「民主化の象徴」の妻である劉霞さんの解放を巡っては、ドイツをはじめとした欧米諸国が声を上げていたほか、香港でも市民によるデモが起きるなど国内外からの圧力が高まっていた。しかし、中国政府はこれまで「内政干渉だ」「国民の合法的権益を法により守っている」などと取り合ってこなかった。それ故に、今回の態度の転換には数々の思惑が透けて見える。

ドイツに到着した故・劉暁波氏の妻、劉霞氏(10日・ベルリン)

解放の翌日、劉夫妻を支援し続け、自身も当局により軟禁状態にある北京の著名な人権活動家・胡佳(こ・か)氏に話を聞くことができた、一時的な外出が認められた胡氏は、劉霞さんの解放について「中国共産党らしい、非常に賢いやり方だ」と語った。

インタビューに答える人権活動家・胡佳氏

決定打は米中貿易戦争

「解放した理由の1つは、劉暁波氏の一周忌に関連する追悼行事や反発の抑止。もう1つは、劉霞さんを“手土産”とした欧州諸国との関係強化」

劉暁波氏の一周忌で中国政府が懸念するのは、各地での追悼と劉霞さんの解放を求める動きの激化だ。追悼については、劉氏が死去した際、墓標が民主化運動の聖地と化すことを懸念した中国政府が、遺灰を海に撒かせるなど、先手を打ってきていた。また、劉氏が死去してからは香港などで劉霞さんの解放を求めるデモが度々起きていた。一周忌でも行われるとみられていたが、直前に解放することで、そうした動きにブレーキをかけた。

2017年7月に死去した劉暁波氏

そして、解放のタイミングに決定打を与えたのは米中貿易戦争だ。貿易戦争は7月6日、両国が関税措置を発動したことでスタートしたが、中国としてはアメリカとの貿易問題を同様に抱える欧州諸国と手を組んで立ち向かいたい。その関係強化に利用したカードが、今回の「劉霞解放」なのだ。
劉霞さんがドイツへ出国した10日は、ちょうど李国強首相の欧州歴訪最終日。しかも、前日にはドイツのメルケル首相と会談しており、アピールには格好のタイミングだったといえる。

結び付けられた「凧の糸」

「彼女は国外へ飛び立ったが、人質の弟という“凧の糸”があり自由には飛べない。政府の不満に触れれば弟はすぐに手錠をかけられ監獄へ送られるだろう」

劉霞さんには、彼女を支援し続けている弟がいる。亡き劉氏も、劉霞さんと弟の2人揃っての出国を望んでいたが、中国政府は弟の出国を認めず、家族という抑止力を確保した。これにより劉霞さんは、ドイツでも発言や行動は慎重にならざるを得ない。劉霞さんの真の意味での「解放」は、まだ終わっていないのだ。

エスカレートする弾圧

「経済成長とともに中国政府はどんどん横暴になる。劉霞さんのような解放は中国では二度と起きないし、この事例で我々(人権活動家)の状況が改善されることも無い」

劉霞さんの解放は人権活動家にとって明るい兆しになるのか、との質問に対し胡氏は悲観的だ。
「国家レベルの交渉の末に実現した今回の解放は、ノーベル賞の受賞で世界的に著名となった劉暁波氏の妻だからこそ成し得たもの。経済成長により世界の様々な分野で力を増す中国では、二度と実現できないだろう」
と語る。

普段は北京の自宅で軟禁されている胡佳氏だが、劉氏の一周忌に合わせて、一時的に北京郊外に連れて行かれる。胡氏に対する監視強化はもちろん、海外メディアに自宅軟禁の様子を取材させないためだ。共産党大会や全人代など、重要な政治日程の際にも取られる同様の監視体制は、年々強化されているという。

 「来年の6月4日は天安門事件から30年という節目の年で、これまで以上に当局の警戒は強くなるだろう。場合によっては、年明け早々、北京にはいられないかもしれない…」

そう語りながらも、胡氏の眼光には揺るがぬ意志が宿っていた。


(執筆:FNN北京支局 岩月謙幸)