12人の少年とコーチが救出されたタムルアン洞窟。
作戦終了から約10時間後、私たちFNN取材班は現地当局の許可を得て、初めて洞窟の入り口内部に入った。その現場を取材すると、世界的にも極めて過酷だったといわれる救出活動の難しさの一端が見えてきた。

重たい空気ボンベ搬送

タイ北部チェンライ県郊外。
森林が生い茂る山の中にある洞窟が、今回の救出劇の舞台となった。
小高い山を少し登った場所に、洞窟の入り口がある。
入り口に近づくと、金属製の大きなボンベが数十本、いや100本以上、山積みされているのが見えた。水中ダイビング用の空気ボンベだ。
ボンベの重さは1本あたり10キロ超。救出作戦では、この重いボンベを何十本、何百本も、数キロ先の洞窟内に運び込む、過酷な作業が行われていたことがうかがえる。

何十本も置かれた空気ボンベ

世界中の英雄が集結

入り口には、作戦に使われたホワイトボードがまだそのまま残されていた。そこに書かれていたのは、イギリスやオーストラリアといった様々な国の名前。今回の作戦に参加した、ダイバーの出身地だ。
タイ当局は世界各国に洞窟専門家やダイバーの派遣を要請し、作戦は少なくとも8カ国以上の出身者からなる多国籍チームで行われた。少年を発見したのはイギリス人潜水士、少年たちを診察したのはオーストラリア人の医師で、洞窟潜水の専門家と経験豊富な外国人ダイバーが主要な役割を担っていたのだ。

作戦に使ったホワイトボード

悪い足場、突き出した岩

洞窟の入り口は映像で見た印象よりも広く、照明が当てられて神秘的な雰囲気が漂っていた。しかし、足元は雨でぬかるんでおり、中に入るためには人がすれ違うのも難しいほど、細く滑りやすい坂道を下る必要があった。さらに洞窟内は足場が悪いだけでなく、天井のあちこちから尖った岩が突き出していて、足元を見ているとすぐに頭に当たってしまう。
我々が取材したのはあくまで入り口付近でしたが、洞窟深部は遥かに狭く、一番狭い穴だと高さ38センチ、幅72センチだったという。救出作戦に携わった隊員は、この険しい道を暗闇の中、何十回も往復する必要があった。

救出作戦の最大の敵「水」

洞窟内部に進むと外とは違い、洞窟特有のひんやりとした冷気が漂っていた。しばらく歩くと、洞窟内から「ザーッ」という川が流れるような水の音が聞こえてきた。洞窟内部から水を抜くための「排水」の音だ。
救助終了後も、ポンプで洞窟から水を抜いていたのだ。

排水ポンプから溢れる水は、コーヒー牛乳のように茶色く濁っていた。
つまり、この水の中に潜ったとしても、ほとんど何も見えない。
しかもその水は、ただそこに溜まっていたわけではなく、川のように激しく流れていたのだ。
タイ海軍特殊部隊の隊長も、この水の状況から、当初は救出困難と考えていたと発言してる。しかし、雨季は始まったばかり。少なくとも11月までは激しい雨が断続的に降り続くため、洞窟内の状況悪化は避けられない。こうした理由もあり、タイ当局は危険なミッションにも関わらず、早期の救出を断行したのだ。

洞窟の今後

少年ら全員の救出に成功してからわずか数時間後、洞窟内の主要な排水ポンプが壊れ、再び洞窟内の水位が急上昇した。このためタイ当局は、洞窟内に残る大量の空気ボンベや、その他機材の回収を断念し、洞窟を完全封鎖。今は24時間警備をつけ、雨季が終わるまでは入ることができなくなった。

残念ながら、救出作戦では犠牲者も出した。
元タイ海軍特殊部隊の潜水士、サマーン・グナンさんが、潜水中に不慮の事故で命を落としたのだ。少年たちが無事に救出されたのも、こうした尊い命や、様々な国の英知が集結したからこそ。

タイ当局は、このタムルアン洞窟を「ライブミュージアム」として後世に残す考えだ。
この出来事を、そして救出を成功させたヒーローたちを、人々の記憶に留めるために。


(執筆:FNNバンコク支局長 佐々木 亮)