今や「人工知能(AI)」という言葉は巷に溢れているが、「人工生命(ALIFE)」と言うと、まだ馴染みが薄いかもしれない。
人工生命(ALIFE)とは「生命とは何か?」を研究する分野であるが、必ずしも科学者やアカデミックな領域に閉じた話ではない。人工的に生命を作るというアプローチを通じて、現実社会の複雑な仕組みを紐解く事にもつながっているのである。
7月23日〜27日、日本科学未来館にて人工生命の国際会議「ALIFE2018」が開催された。前日の7月22日にはプレ・カンファレンスと称し、国内外から様々なジャンルの研究者やアーティストが集結、落合陽一氏や茂木健一郎氏らもTEDライクなプレゼンテーションを行い、人工生命の魅力や可能性を熱く論じあった。
その中から、ALIFE2018の実行委員長であり、複雑系科学・ALIFE研究者の池上高志氏(東京大学教授)、スマートニュースの創業者で大学時代は池上研究室の院生でもあった鈴木健氏、スタートアップの創業・成長支援を行うMistletoe代表の孫泰蔵氏、ライブストリーミングチャンネル「DOMMUNE」を主宰する宇川直宏氏によるトークセッションの模様をリポートしたい。

人工生命とは何か?
鈴木:
「『人工生命とは何か? それは脳と進化の理論を作ることである。』
池上さん、朝一番のセッションでこのように話したと思うのですが、毎年、言ってることが違う(笑)」
池上:
「はは笑」
鈴木:
「これって結構、人工生命の本質だなと。人工生命ってもともとクリストファー・ラングトン(Christopher Langton) の「life as it could be」という定義から始まるのですが(※)、そもそも「生命とは何か?」って人によって違うわけですよね。
(※我々の知っている生命 (=life as we know it)だけを対象にするのではなく、存在可能な生命(=life as it could be)すべてを対象にする)
人工生命って研究分野というか「ムーブメント・運動」なのかなと常日頃から思っていて、自分たちで理論を作って、これが生命かと思ったらまたそれを壊して、どんどん新しいところに向かっていく。このムーブメント自体が人工生命の本質なのかなって思います。」
研究者から起業し現在は経営者でもある鈴木氏は、およそ10年ぶりに人工生命の学会に参加し、コンピューターシミュレーション上だけでなく、現実世界と直接触れ合っているケースが増えたと感じたという。

鈴木:
「ちょっとインダストリアル的な話をしますと、人工知能も今ディープラーニングで大ブームですけど、これって何故かというと、「GPU」というのがあって、完全に産業的な理由なんですね。GPUってCPUじゃなくてグラフィック専用のチップで、オンラインゲーム用にNVIDIAという会社が進化させたものです。それを科学的な研究に応用しようというのが、10年くらい前にたまたま始まったんです。
ちょっと小話ですが、世界で初めてGPUを研究に応用したのは僕の友達の濱田くんで、天体のシミュレーションに使ったんですね、それで彼はゴードン・ベル賞を受賞しました。きっかけはゲームなんです。僕と濱田が研究室でゲームしてて、彼が秋葉原にGPUを買いに行くようになって、それで彼は「これは研究に使えるな」と気づいたんです。」
鈴木:
「当時私は池上さんの研究室でゲームをしていたんですけど・・」
池上:
「みんなしてたよね。」
鈴木:
「すごく怒られて(笑)インダストリアルなものって、メッシー(汚い)な世界なんですけど、そこと触れ合うことで実は科学的なイノベーションが起こる例もあるんだなと。だからもう怒らないでください(笑)」
ビジネスと人工生命
人工知能(AI:Artificial Intelligence)と人工生命(ALIFE:Artificial Life)の違いとは何だろうか?
池上氏はカンファレンスに先立って行われた宇川氏との対談にて、その違いをドラえもんに例え、四次元ポケットから取り出すひみつ道具がAIで、ドラえもんそのものがALIFEだと説明している。
「自動化」と「自律化」の違いとも言い換える事ができ、これまで人間が行っていた作業をロボットに置き換える自動化が、ひみつ道具であり、AI。自分で考え、人間ともコミュニケーションを取りながら自律して動くのがドラえもんであり、ALIFEだという。
AIとALIFEは完全に別の領域という訳ではなく、最先端のAI技術も取り込みながら日々ALIFE実現に向けた研究が行われている。
さて、ビジネスの領域でも、AIではなくALIFEへの注目が高まっている。
これまでオンラインゲームの会社ガンホー・オンライン・エンターテインメントを創業し、現在はスタートアップの育成を行う孫泰蔵氏。ビジネスに直結する「AI」ではなく、一見距離が遠そうな「ALIFE」の方に興味を持つのは何故だろうか?

孫:
「今、僕は起業家・スタートアップの人たちを支援したり投資をして、イノベーションを加速させる仕事をしています。もう20年以上投資をやってるんですよ。プレゼンを聞いて、どこに競争優位性があるのか、どうやって新しいマーケットを作るのかと、さんざん吟味して。何だか分かる気がすると投資して、分からないと投資しない。
膨大な数をやってきたのですが、実はまったく分からないんですよ。何がうまく行くか、行かないか。直感的に、なんだかよく分からないけど面白そうだね、リスクがあるから最初からたくさんは出せないけどちょこっと出してみよう、といったものがドカンと当たったりすることが、やっぱり多いんですよね。
これが物語っているものは何だろう?とよく考えるのですが、いわゆるAI、マシンラーニング的な経験則を生かすというアプローチでやっても、複雑系な現実世界ではうまく行く気がしないんです。今日のテーマも「BEYOND AI」ですが、AIではなく人工生命(ALIFE)的なインスピレーションが、実は非常に参考になるのではないかと。」
孫:
「ブロックチェーンや仮想通貨やICOなどは、経済での新しい動きですね。ここで言う経済とはビジネスとか新しい事業領域ということではなくて、エコノミーそのものをアップデートする取り組みが起きています。
デジタル化されたものは全部可視化が可能です。これまで世界中の価値がお金などで交換されていたのですが、アナログだったので可視化できなかった。それが全部可視化されて、世界全体のヒト・モノ・カネとかエネルギーがどこに集中して、どう生まれていくか。これまでとまったく違う生命論的な考え方で、社会を構成できるようになるんじゃないかと思っています。」
冬の時代から春の到来へ
ディスカッション終盤では宇川氏の問いをきっかけに、人工生命がこの先どのような方向へ向かうのか未来の可能性が示された。

宇川:
「人工生命(ALIFE)って、バイオテクノロジー的な意味合いにおいて現実世界に生を宿すという方向と、サイバースペースにデータとして生を宿すという方向があると思いますが、この2つは共通項があるのか、それともまったく別なのでしょうか?」
池上:
「身体性を持たせないとWANT(欲求)が生まれない、だからロボットを研究しないと生命は考えられない。体を持つことは好き嫌いを作ることなんだというメッセージはあります。」
鈴木:
「有限性があれば、それがいわゆる死みたいな事なんですよね。」
池上:
「汚い、ということなんですよ。メッシーサイエンスをやるしかない。それをやる勇気があるのかという事で。万能チューリングマシンを並べて生命を語ればきれいな感じがするけど、現実には無限にチューリングマシンを置ける訳でもないし、無限にテープがある訳でもない。有限の時間で有限のメモリしか使えないところで立ち上がるものは何か?それはアカデミアから次に行く時の大きなトライアルです。」

池上:
「現実はむちゃくちゃ汚いんですよ。人間が求めたいきれいな美しい理論との間に隔たりがある。実際(科学を)好きになったのはきれいな科学を見てきたからじゃないですか。でも、ぐちゃぐちゃなカオスがないと生命が生まれないのだとしたら、ドロドロの中に手をつっこむ勇気がありますか?という事を突きつけられてるんです。」
鈴木:
「実はほとんどのサイバースペースの人工生命はピュアじゃなくて、たとえばゲームだとしたら人間が操作しているから、その複雑さが染み出している。なので、ピュアなサイバースペースから本当の意味での人工生命が生まれてくるのかという疑問は、皆が思っている事なんです。
でも勇気づけられたのが、ディープラーニングは理論的には何年も前からやってる事で、様々なイノベーションはあれど、基本的にはGPUが速くなったという事が決定的に大きかった。ある程度計算リソースが速くなると、多段創発みたいなエマージェントなレイヤーがどんどん上がっていくような事が起きるんじゃないかと。
そういう時にリソースどうするのって? 産業との結びつきがもう一回必要になってきます。
レイ・カーツワイルの「シンギュラリティ イズ ニア」っていう本があるじゃないですか。あれが日本で注目されているのは、シンギュラリティってAIが人間の知能を越える事だと受け取られているからなのですが、実際にはそんなこと書いてなくて、人工知能自体が人工知能を改善し続けるシステムを作ると結果としてそうなると。結果論なんですよ。
あの本が面白いのは、人工知能の話はちょっとしかなくて、実世界の中で計算リソースを作り出すような自己複製システムの話が結構書いてあるんです。それすらAIがやるだろうと。最終的にそれくらいの事をやらないと人工生命は出来ないのかなと思います。」

池上:
「僕も全く同じことを考えていて、足りないのは計算パワーなんだよね。量が質に転換するのは明らかだから。
ルンバを作ったブルックスと、あと何が足りないのか議論していて、パラメーターか、モデルの複雑さか CPUか、ファンダメンタルな理論なのか。
CPUパワーが足りないんです。計算パワーをとにかくあげて、モデルを複雑にしたら、複雑なモデルが走るくらい十分な計算リソースがあれば、この問題解けるんじゃないかと。」
鈴木:
「あり『得る』かもしれない。」
池上:
「それは福音になっている。」
鈴木:
「ALIFEは冬の時代が続いているから、、(笑)」
池上:
「冬じゃないから(笑)」
鈴木:
「そろそろ春が来るんじゃないかなと僕は思っている。」
人工生命はなぜ必要か?
宇川:
「神から僕たちは生命を与えられて、こんなにもバリエーション豊かな生物がこの世に生きているのに、なぜ人工生命(ALIFE)を作る理由があるのか、考えてみたいんです。」
池上:
「ALIFEを人間の世界に放つというのは、人間のコミュニティのあり方を変えること。今までの「人と人」に別のものが入ってきた時に、倫理観が変わるし、求めるユートピアも変わり、価値観を揺るがせる。(午前中に)Twitterの話もありましたが、我々の世界にbotを放ったとしたら、それがALIFEだろうと」
鈴木:
「近代以降すごく人間中心主義になっている。近代の特徴を一言で言うとヒューマンというのを中心に捉えましょうと。
今日のテーマは「BEYOND AI」ですけど、AIはどうしても人間を中心に考えがち。人間の知能に比べてどうなのかと常に考えている。
囲碁のプログラムが人間より強いなんて、どうでもいいじゃないですか? どうでもいいと思いませんか?(笑)ほとんどの人間より既に強かったんだから。一番強い人に勝っただけでしょ。
なぜ人間を特殊に考えるのかという思想をあらわにしたんですよ、AIというのは。人工生命って人間中心じゃなくていいでしょっていう発想なんですよね。人間を中心に考えるのではなくて、我々はエコシステムの一部であると。生命っていうのはもっと広い、人間より広いんだと。我々もその生命なんだと気づかせてくれる。そういう意味で人工生命は極めてエシカルな思想だと思います。」
終わりに向かいヒートアップする池上氏と鈴木氏、研究者として究極のロマンを追い求める姿があった。将来、コンピューターが生命を作る日は本当に訪れるだろう、絵空事ではなく、そう思わされる一幕だった。