1359人が犠牲となった高松空襲から7月4日で75年です。2020年は感染防止のため慰霊式の中止が決まり、7月1日、関係者だけで慰霊施設の清掃を行い犠牲者をなぐさめました。

毎年、慰霊式が行われる高松市中野町の慰霊施設、六角堂です。7月1日は式を主催する六角堂保存会の役員らが、施設の清掃を行い犠牲者をなぐさめました。

(役員の太田幸子さん)

「お掃除だけでもしといたら気持ちが落ち着く」

1945年7月4日未明、高松市はアメリカ軍による空襲を受け1359人が犠牲となり、特に六角堂周辺の被害が甚大でした。

保存会の役員を務める太田幸子さん81歳。6歳の頃、空襲に遭い両親を亡くしました。75年経ってもその時の記憶を鮮明に覚えています。

(太田幸子さん)

「人形だけを持って両親と逃げた両親は亡くなって骨も残っていない戦争のない穏やかな日本で平和であってほしい」

2020年は75年の節目ですが、保存会は感染防止のため、式の中止を決めました。太田さんも平和を考える大切な式ができないことを残念に感じています。

(太田幸子さん)

「寂しい。大阪から来る人もいたが感染症、ウイルスには勝てないので残念」

(前川裕喜)

「感染症により慰霊式はできませんがだからこそ75年という節目をどのようにとらえ平和とは何なのかを一人一人がしっかり考えなければいけない」