中国であるドキュメンタリーが大きな話題を呼んでいる。

6月26日夜に中国版ツイッター「ウェイボー」で公開され、一日で再生回数が1000万回を超えた。作品の名前は「お久しぶりです、武漢」。新型コロナウイルス感染拡大で厳しい都市封鎖を行った武漢市の今の姿を描いたもので、制作したのは日本人ドキュメンタリー監督、竹内亮氏だ。

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公開後、監督のところに「感動した」「涙した。監督ありがとう」「これぞ真の武漢の姿」などのコメントが大量に寄せられ、中国語SNS上には関連の投稿が席巻した。

撮影チームは6月上旬、武漢に住む普通の市民10人に密着し、集団感染がおきた華南海鮮市場や突貫工事で作られたコロナ専門病院「雷神山医院」にも訪れた。約1時間に及ぶドキュメンタリーには“今”の武漢の姿があった。

市民の等身大の姿がそこに

撮影対象はSNSを通じて募ったところ、あっという間に100人を超える応募があり途中で締め切ったという。「武漢の人たちはそれだけ自分のことを伝えたい」と監督は感じた。

作品の中で登場した武漢市民は、居酒屋オーナーや看護師、バイク便配達員、中学校教師など職業、年齢がバラバラだ。

祖父を新型コロナで亡くした病院事務の女性は、「当時の武漢では病床が足りず、どんなツテを使っても祖父を入院させることが出来なかった。結局寒い中車椅子で家に帰ってきた」と写真を手に涙を流す。取材時部屋に居合わせた彼女のおばは、108日間も入院や隔離を経て帰宅したばかり。これまでにPCR検査を41回も受けているという。

祖父をコロナで亡くした女性
祖父をコロナで亡くした女性

監督に会った瞬間「僕はPCR検査しています」と話し握手してきた日本食居酒屋のオーナー。4カ月ぶりに店を再開したが唯一の板前に辞められて「苦しくてもなんとか維持していきたい」と粘る。ほぼ毎日海鮮市場に仕入れに行っていたがコウモリを始め野生動物の売買を見たことがないとも話した。

居酒屋オーナー(左) 竹内亮監督(右)
居酒屋オーナー(左) 竹内亮監督(右)

世界的にも有名な、わずか10日間でできた「雷神山医院」の建設に携わった男性も登場した。電気関係を担当していた彼は、一番長くて4日間寝ずに作業していたという。「感染は怖かったが給料がよかった。後はやりがいを感じていたから」と仕事を引き受けた当時の心境を振り返る。しかし今は仕事を再開しても武漢の工場で生産されたというだけで他の地方に拒否され会社の経営は芳しくないという。

雷神山医院の建設に携わった男性(右)
雷神山医院の建設に携わった男性(右)

作品の中で武漢の街の姿も映し出されている。ロックダウンで外出できないため市民がマンションの屋上で野菜作りに勤しみ、結果多くの”屋上菜園”が広がっていた。

武漢の”屋上菜園”
武漢の”屋上菜園”

日本人監督だからできたこと

ドキュメンタリー公開後中国で大きな反響を呼び、配信から3日経った時点で再生回数が2000万を超えているという。

作品の何が中国人の心を打ったのか。

ある上海在住の男性は、「これまでメディアで目にするのは医療従事者の奮闘ぶりなどを強調するものばかり。普通の市民に焦点を当てたものが少なかった。今回の作品は非常に親しみやすく共感できるものが多かった」と話した。

竹内監督撮影中
竹内監督撮影中

またある武漢出身の女性は、「これこそ武漢の普通の生活。しかしメディアで伝えられているのは武漢人の「忍耐」、「献身」、「英雄」など背伸びした姿。庶民たちのありのままの姿を伝えてくれた。本当に感謝」と語った。

竹内監督撮影中
竹内監督撮影中

ある意味第三者的な、外国人である日本人監督だからこそ、ありのままの武漢の姿を捉えて表現できたことが、多くの中国人の心を動かしたかもしれない。

竹内監督「ありのままの武漢を伝えたかった」

竹内亮監督は7年前から家族と一緒に中国の南京で暮らし、これまでも中国で多くのドキュメンタリーを制作配信している。流ちょうな中国語を操り、中国人ファンからは「亮兄」と親しまれている。今年3月に制作した南京の様子を描いた「新規感染者ゼロの街」は世界でも大きな反響を呼び、日本の各メディアにも取材された。

今回の制作意図など、竹内監督に話をきいた。

竹内亮監督
竹内亮監督

ーーなぜ制作しようと思った?

一言でいうとドキュメンタリー監督としてこの目で武漢を見たかった。武漢に関しては情報が錯綜しすぎて、主観が混じるものが多かったので客観的にみてみたかった。

ーー反響をどう思う?

ここまで大きな反響になるとは意外だった。短い動画が拡散しやすい今の時代で1時間という長編をこれだけの人がみてくれたのは驚いた。10日間しか取材しなかったし僕が外国人だしどう受け止めてくれるだろうと不安だったが、とりわけ武漢の方々に好評なのがすごくうれしかった。意外とみんな外出していないから知らないことも多かったことが分かった。

ーーありのままの武漢を表現してくれたことへの評価が高かった

僕らは中立した立場で、誰かの宣伝をするつもりはないし誰かを持ち上げり貶めたりつもりもない。僕らは武漢の庶民たちが何を考え何をしているのかを徹底して描いた。これまで中国でドキュメンタリーを作ってきて信頼関係を築いたことも大きかった。みんなカメラの前で自然体だった。

ーー日本の視聴者へのメッセージは?

先入観なしでみてほしい。ありのままの武漢を。「どうせうそついているだろう」的なネットのコメントもみかけるが、偏見などもたずにまっさらな状態でみてもらいたい。武漢はすごくいいところだ。

新型コロナウィルスは世界中に大きな影響を及ぼした。中でも武漢市民は最も深刻な医療崩壊と厳しい都市封鎖を経験した。ドキュメンタリーの中で、人情あふれる”熱い街”武漢市民の明るく前向きな姿もあれば、偏見や差別に悩む姿もあった。

ドキュメンタリーは歴史のアルバムと言われている。着色されたものではなくありのままの姿を映し出す。そんな歴史的1ページを竹内監督が切り取った。

※竹内亮監督の「お久しぶりです、武漢」はyoutubeでも公開されている。

崔 雋
崔 雋

フジテレビ 報道局国際取材部所属 中国杭州市出身。一橋大学卒業後、フジテレビで新卒採用された最初の外国人留学生に。報道局経済部記者(民間企業・農水・財務・経産…)を経て、国際局やCSR推進室など報道局外の部署も経験。東日本大震災発生時、経産省と原子力安全保安院担当であれだけ福島の原稿を書いた自分が最初に現地に行ったのは被災地支援のCSR活動だった。