平均年齢82歳

原爆投下から73年。全国の被爆者の平均年齢は82歳を超えた。
被爆者の人数は16万人を切り、最も多かった1980年のおよそ4割まで減った。
いま「被爆者なき時代」が着実に、近づいている。

被爆二世の柿田富美枝さん、64歳。
25年間、長崎市の平和公園横にある長崎原爆被災者協議会で被爆者の活動を支えている。

8月になり、地元の学校や修学旅行生などから依頼がきた被爆講話の日程調整など忙しい日々が続いている。
当初はボランティアとして被災協の仕事を手伝っていたが2年前、被爆二世として初めて事務局長に就いた。
いま柿田事務局長は、被爆者の高齢化に不安が募る毎日だ。

「いやー慣れはしないですね。やっぱり被爆者の方たちはそれだけで存在が大きくて…
これからどうなっていくんだろうって、とても怖くなってきたというのが実感ですね」

6年前、被爆者の体験や思いを引き継ぎ、次の世代につなげようとの思いから被爆者の子どもたちが立ち上がり、長崎市と諫早市に「二世の会」を結成した。柿田さんもメンバーの1人だ。

被爆体験をどう語り継ぐか…二世たちの闘い

柿田さんの母、富子さんは21歳のときに爆心地から3キロの袋町で被爆。
体調不良に苦しんだという。数年前からは認知症となり柿田さんは母親の「介護」をしながら二世としての活動を続けている。しかし二世の活動にも深刻な悩みがある。
「被爆二世が40代、50代、60代となっていて深刻な病気を抱えている人もいる。だからそういった方を何とか救済できないものかと…」

健康面に不安を抱えた被爆二世も少なくない。
柿田さんたちは実態調査で集めた声をもとに国や県、長崎市に健康診断の充実を求めている。
被爆二世の健康診断は年に1度無料で実施され、放射線影響研究所が原爆との関連を調べている。
しかし、これまでに原爆の影響と立証された健康被害はなく、二世への公的支援は今はない。

「二世の会」の立ち上げから6年。今年の夏は二世自身による講話や原爆写真を展示したパネル展に加え、被爆者からの体験を聞き取る学習会など活動の場も増えてきた。

しかしその活動には、厳しい現実もあるという。
二世はまだ現役世代なので、それぞれ家庭の子育てや介護、自分が仕事などがあり、なかなか集まったりするのも難しいというのが現実だ。

二世の会の活動の現状につて、被爆二世の会・長崎の佐藤直子会長会長はこう話す。
「現状では、被爆者だけでは維持が難しくなっている活動を、二世が補うということがメインで活動することになってしまっていて・・・(本来目指すべき)二世独自の活動ができないって葛藤というか悩みですね」

長崎被災協・被爆二世の会・長崎  佐藤直子会長

そんななか、被爆体験を全国に発信する新たな動きも出はじめている。
国と長崎市は今年度から、被爆者の体験を引き継いだ「朗読ボランティア」や「家族・交流証言者」を無料で全国に派遣している。

このような新たな動きに関して柿田富美枝さんはこう語る
「絶対被爆者じゃないといけないとか、体験してないといけないってなってしまうと、何もこれから引き継がれていかないわけですので…みなさんそれぞれの立場でそれぞれの居場所で何かできることをしていけばいいと思います」

長崎市を流れる浦上川。原爆投下後、多くの人が水を求めて苦しんだ場所だ。
二世の会が定期的に行っているのが、この浦上川沿いの花壇の清掃作業。
平和を願う思いは、このような清掃作業を通して地元の高校生たちへとしっかり受け継がれている。

高校生石橋歩華さん
「こういう地域的な小さなことからコツコツやっていくことが大切だと思います」
高校生深山夏歩さん
「被爆者の話を聞くという体験も大切にして自分のものにしつつ世界にも平和は大事と戦争はしてはいけないと伝えていけたらなと思います」

原爆投下から73年、被爆者の苦しみ、悔しさそして平和への強い思いを1人でも多くの人に引き継いでもらいたい。被爆二世たちの活動は少しずつ、前に進んでいる。