北の「不思議な行動」に反応している暇はない

「お笑い草かもしれないが、他国(特にアメリカ)の注意を惹くために自国内のビルを爆破するというのは何とも言い難い不思議な行動だと思わないか?」

ワシントン在住の旧知の東アジア専門家の言葉である。

お騒がせ大統領のお膝元もコロナ禍で仕事や生活が思うようにいかないせいか、東アジアの片隅で起きた、実害の無い不思議な行動にまともに反応している暇はないというのがワシントンの実情なのかもしれない。この専門家の言葉はそれを如実に示しているように思えるのだが、同時に、アメリカから事実上一顧だにされない行動しかできなかった北朝鮮側の事情も示唆しているように思える。

若干、時が経過したので最近の動きを少しおさらいする。

5月1日 金正恩委員長が肥料工場完工式出席 20日ぶりの公開活動

5月31日 脱北者団体が韓国から北朝鮮向けに“ビラ”を飛ばす

金正恩朝鮮労働党委員長らを批判するビラ
金正恩朝鮮労働党委員長らを批判するビラ
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6月4日 金与正氏が南北軍事合意の破棄を警告

6月13日金与正氏が「南朝鮮と決別する時が来た」と談話

6月16日 北朝鮮が南北共同連絡事務所を爆破

爆破された南北共同連絡事務所
爆破された南北共同連絡事務所

専門家が言うところの“不思議な行動”は6月16日に北朝鮮が予告通り実行した南北共同連絡事務所の爆破を指すのだが、これに至る北朝鮮の一連の挑発の狙いや背景については既に様々な分析や憶測が報じられている。

最大の狙いは金与正氏の“箔付け”か

その狙いについて、この専門家は次のように分析している。

1、 与正氏に箔を付ける

2、 新型コロナ禍から国民の目を逸らす

3、 南の文政権を困惑させ、日米韓の連携を揺さぶり、そして、あわよくば援助を引き出す(ただし、援助引き出しは成功しない)

4、 米中も惑わせ、協調に向かいづらい状況を作り出す(よって、米中の足並みを再び揃えさせてしまう恐れの高い核実験や大陸間弾道弾ミサイルの実験はしない)

そうやって、また時間を稼ぎ、その間、核・ミサイル開発を着々と進めるということなのかも知れないが、実は“時間稼ぎ”という面では最近の一連の挑発は特に必要ない。ぶっちゃければ挑発しなくても時間は既に稼げているからで、その点を考慮すると、やはり、この専門家が言うように、一連の挑発は与正氏の箔付けが最大の狙いと見るべきなのだろう。

箔が付いたか?金与正氏
箔が付いたか?金与正氏

そして、もしそうだとすれば、5月1日に肥料工場完工式に出席するまでのおよそ20日間、金正恩委員長の動静が絶えていた理由は、その裏で、与正氏重用の妨げになりそうな勢力を排除し、ご学友らシンパを登用していたからではないかと想像も逞しくなる。つまり、ナンバー2・与正氏の箔付けの下拵えとして、邪魔者の“粛清”を国内でせっせとしていたのかもしれないと考えたくもなるのである。
 

金正恩氏が20日ぶりに姿を現し健在ぶりをアピールした完工式でのテープカット
金正恩氏が20日ぶりに姿を現し健在ぶりをアピールした完工式でのテープカット

最高指導者を支える老中、番頭、右腕、或いは、アドバイザー的な役を務められる信頼すべき人物が他に居ないが故に妹の与正氏を重用しているとすれば“王朝”の先細りが見えてきてもおかしくないのだが、本題から外れるのでこれは脇に置いて、アメリカの対応を考えたい。

アメリカは「動じることはない」

専門家曰く「アメリカは、北が核実験やICBMの実験をしない限り、静観する。動じることはない。金正恩委員長は、もしも、そんな実験をすれば、トランプ大統領がこれを選挙運動に利用して危機を煽り、再び、北朝鮮に対して非常に厳しい態度に出る恐れが高いことを十分理解している。よって、バイデン大統領が誕生しない限り、大きな新しい動きは無いだろう。」

となると、現状では優勢と伝えられる民主党のバイデン候補が勝利した場合、どうなりそうか?

「バイデン政権が誕生すれば、朝鮮半島の非核化を目標としたこれまでのようなアプローチでは無く、北が望むような軍備管理という観点から対北政策を再構築することもできる。しかし、そのような方針転換のプライオリティーは高くない。そんなことをすれば日本が黙っている訳がないということをバイデンは良く知っている。」

「バイデン大統領が誕生しない限り、大きな新しい動きは無いだろう」と専門家は語る
「バイデン大統領が誕生しない限り、大きな新しい動きは無いだろう」と専門家は語る

話は飛ぶようだが、そうではない。日米の同盟関係は、こうした面からもやはり重要である。その下拵えに常に当たっている日本の外交・防衛等関係当局には引き続き奮闘努力し成功してもらいたいと改めて思うのである。

もちろん北の意図や今後の動きを予測するのは極めて難しい。不可能に近いとも言える。
しかし、アメリカ側の見立ての一例を紹介した次第である。

【執筆:フジテレビ 解説委員 二関吉郎】

二関吉郎
二関吉郎

生涯“一記者"がモットー
フジテレビ報道局解説委員。1989年ロンドン特派員としてベルリンの壁崩壊・湾岸戦争・ソビエト崩壊・中東和平合意等を取材。1999年ワシントン支局長として911テロ、アフガン戦争・イラク戦争に遭遇し取材にあたった。その後、フジテレビ報道局外信部長・社会部長などを歴任。東日本大震災では、取材部門を指揮した。 ヨーロッパ統括担当局長を経て現職。