新型コロナウイルスによる休校が徐々に解除され、登校する子どもの笑顔に多くの教育関係者が胸をなでおろしている。学校は分散登校を経て、いよいよ7月には全面的に正常化する予定だ。一方、教育関係者の安堵の理由はもう一つある。それは「これでわざわざオンラインを学ぶ必要が無くなった」ことである。

文科省の調査によると、一斉休校中オンライン授業を行っていた公立学校は、わずか5%(同時双方向型・授業動画を作ったのが10%)だった。もし95%の学校が「オンラインは必要ない」という姿勢のままだったら、第二波が到来したとき子どもの学びは取り返しがつかないことになる。

では「やらず嫌い」の学校をどう変えたらいいのか?

スマホと三脚だけで出来るオンライン授業

都内江東区の第三砂町中学校では、分散登校でオンライン授業を導入。
都内江東区の第三砂町中学校では、分散登校でオンライン授業を導入。
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「当初は生徒の評判が良くないかなという気がしていましたが、アンケートを取ると『よかった』という意見が多数を占めていました」
都内江東区にある第三砂町中学校で、初めてオンライン授業を行った濱石茂昭先生はこう語った。

教室の真ん中にスマホと三脚 Zoomで授業を自宅の生徒に配信する
教室の真ん中にスマホと三脚 Zoomで授業を自宅の生徒に配信する

この学校では6月から分散登校を開始し、生徒は午前と午後に分かれて登校している。取材した日も、登校した生徒はクラスの半分で、机1つおきに座っていた。行われていた授業は、Zoomを使って自宅にいる生徒に配信される。教室にあるのは、Zoom機能のついたスマホと三脚だけだ。たとえば午後に登校する生徒は、午前中は自宅でオンライン授業を受ける。

「Zoomでオンライン授業をすると、午前・午後どちらかしか学校に来られなくても、『普段と同じ6時間授業を受けられる』と生徒は喜んでいます」(濱石先生)

家庭のスマホやタブレットを使って環境整備

一斉休校中、江東区の一部の学校ではオンライン授業が実施されていたものの、危機感を募らせたのがボランティアで組織される『学校支援の会』だった。会のコーディネーターの潮田邦夫さんはこう語る。

「私は定年までNTTで働いていて、これまでも学校のIT化の遅れを指摘していたのですが、先生たちはなかなか動いてくれませんでした。しかしたまたま文科省のGIGAスクール構想を知って、『文科省がここまで覚悟したならオンライン授業をやりましょう』と先生達に話してみたのです」

「学校支援の会」の潮田さんは、「オンライン授業をやりましょう」と先生達を説得した。
「学校支援の会」の潮田さんは、「オンライン授業をやりましょう」と先生達を説得した。

オンライン授業を開始する際に障壁となるのは、家庭にネット環境がない子どもがいることだ。このため多くの学校が、「教育の機会均等」に抵触すると、オンライン授業の導入に二の足を踏んでいた。かといって、1人に1台端末が揃うのを待っていては、今そこにある危機に対応できない。

江東区では昨年から各小中学校にタブレットを80台配布していた。そこでこの学校では区の指示の下、ネット環境のない子どもにはタブレットとルーター(区から提供)を貸し出し、自宅に端末がある子どもには自前のものを使うよう指導した。

先生はオンライン授業を「やらず嫌い」なだけ

前述のように教室で必要なものは、Zoom機能のついた端末と三脚。生徒の家庭にはスマホやタブレット、Wi-Fiルーターがあればオンライン授業は成立する。

しかし「そんなに難しい話じゃないのに、それでも当初はオンライン授業をやろうという先生がほとんどいなかった」と潮田さんはいう。

「先生は皆、オンライン授業を見たことがないので、実態を知らなかったのです。だからオンライン授業を始めたとき、タブレットを職員室に持って行き、授業の様子を見せました。そうすると『あ、こんなものですか』となって、少しずつ理解されるようになったんですね」

先生にタブレットを見せると「あ、こんなものですか」と理解されるようになった
先生にタブレットを見せると「あ、こんなものですか」と理解されるようになった

結局、多くの教師はオンライン授業を「やらず嫌い」なだけだったのだ。

「やるか、やらないかだけです。7月に全校登校になると、先生は『わざわざオンラインを学ぶ必要が無くなった』となるかもしれません。しかし、第二波が来たときに、皆困りますよね。もしコロナが無くなっても、インフルエンザで休んだ子どもや不登校の子どもに、オンライン授業は絶対役立つので、今後もやりましょうと学校を説得しています」(潮田さん)

濱石先生もこう言う。
「分散登校が終わった段階で、オンライン授業はいったん終了する予定です。しかし、休みがちの子どもから『家でも授業を聴きたい』とか、要望があった場合にはまたやろうと考えています」

濱石先生は「家でも授業を聴きたいと要望があればまたやろう」と考えている。
濱石先生は「家でも授業を聴きたいと要望があればまたやろう」と考えている。

オンラインでは「子どもを孤立させない」ことが大切

「貧困の連鎖から子どもを救うのは教育です」(認定NPO法人カタリバ代表今村久美さん)
コロナ禍で学びの場から取り残されるのは、家庭に端末がない生活困窮の子どもだ。カタリバでは、生活困窮家庭の子どもにオンライン上で学びの場を提供するべく、PCとWi-Fiを無償貸与するなど学習支援を開始した。 

カタリバは「あの子にまなびをつなぐプロジェクト」をオンラインで発表
カタリバは「あの子にまなびをつなぐプロジェクト」をオンラインで発表

オンラインの最大の課題は、学習習慣のついていない子どもがさらに学習から離れてしまうことだ。だからこうした子どもには、伴走する大人の存在が必要になる。

このプロジェクトに参加している慶應大学の中室牧子教授はこう語る。

「トロントで学生の学習習慣についてのプロジェクトがあり、伴走者がつくパターンとつかないパターンで、伴走者がつかないと成績や学習習慣の改善に結びつかないという研究結果があります。テクノロジーの力を利用して、いつでもどこでも学べるようにしていくのはとても大事なことですが、伴走する人がいないと学習習慣のついていない人は脱落してしまいます」

一方通行のオンライン授業が軌道に乗れば、次は家庭やオンライン上の環境整備、「子どもを孤立させない」ことが大切になるのだ。

「GIGA」は世界とイノベーションへの入り口

オンライン授業は、第二波で再び休校になったときはもちろん、平時でも不登校や病気による長期欠席の子どもの学習支援に力を発揮するはずだ。

また、英語の授業に欠かせないALT(英語ネイティブの学習支援員)がいまコロナによって不足する中、海外にいるALTと教室をオンラインでつなぐことも可能になる。

「1人1台」GIGAスクール構想の「GIGA」とは、“Global and Innovation Gateway for All”。

つまり1人1台端末によるオンライン授業は、すべての子どもにとって世界とイノベーションへの入り口となるはずなのだ。

スマホがすべての子どもに世界とイノベーションへの入り口になる。
スマホがすべての子どもに世界とイノベーションへの入り口になる。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。