トランプ政権で安全保障を担当してきたジョン・ボルトン前大統領補佐官の「暴露本」(※6月23日発売)が世界中で話題になっているが、ここ韓国でも大きな騒ぎになっている。

6月23日に発売予定のボルトン氏の著書
6月23日に発売予定のボルトン氏の著書
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アメリカメディア等によると件の暴露本では、2018年6月に行われたトランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長による史上初の米朝首脳会談の裏側になどついて記述されているが、その「橋渡し役」を自任していた韓国政府や文在寅大統領を痛烈に批判しているからだ。

2018年6月にシンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談
2018年6月にシンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談

文大統領の構想は「統合失調症患者のようだ」

アメリカや韓国のメディアによると、ボルトン前補佐官は著書の中で、文在寅大統領の北朝鮮非核化に向けた構想を「統合失調症患者のような考え」(Moon Jae-in's schizophrenic idea)と表現し、痛烈に批判した。(※ボルトン前補佐官は他の場面でも「統合失調症患者」という言葉を「二律背反する考えを持つ人」という意味で使っている。しかし厚労省はHPで「普通の話も通じなくなるという統合失調症のイメージは誤りである」としている)

米朝交渉自体が「韓国の創造物」とした上で、韓国主導の米朝非核化交渉をスペインの情熱的なダンスや歌である「ファンダンゴ」に例えたナンセンスだとし、「北朝鮮やアメリカに関する真剣な戦略よりも、南北統一に重きが置かれていた」と断じた。米朝交渉によって南北統一を推進しようとする韓国の戦略にアメリカのみならず北朝鮮も「踊らされた」という趣旨だ。

ボルトン氏は米朝交渉自体が「韓国の創造物」とした上で、「北朝鮮やアメリカに関する真剣な戦略よりも、南北統一に重きが置かれていた」と断じた
ボルトン氏は米朝交渉自体が「韓国の創造物」とした上で、「北朝鮮やアメリカに関する真剣な戦略よりも、南北統一に重きが置かれていた」と断じた

こうした内容について、ボルトン前補佐官のカウンターパートだった韓国大統領府の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長が6月22日に批判声明を出した。「ボルトン前補佐官は彼の回顧録で韓国とアメリカ、そして北朝鮮の首脳たちが交わした協議内容と関連した状況を、自身の観点で見たものを明らかにしたのです。 正確な事実を反映していません。 また、相当部分事実を大きく歪曲しています」。ボルトン前補佐官の著書の内容は正確な事実ではなく、歪曲されているというのだ。だが具体的にどこが不正確なのかは指摘しなかった。

また韓国大統領府の関係者は、文大統領の非核化構想を「統合失調症患者のような考え」と書いた事について、「ボルトン前補佐官本人がそのよう(統合失調症患者)である可能性がある」とまで言った。

2019年7月に訪韓した際に鄭義溶安保室長と会談したボルトン前補佐官。11カ月前は笑顔で握手していた(撮影:韓国大統領府)
2019年7月に訪韓した際に鄭義溶安保室長と会談したボルトン前補佐官。11カ月前は笑顔で握手していた(撮影:韓国大統領府)

こうした韓国政府高官の反発は、ボルトン前補佐官の著書の内容を考えれば予想出来たことだ。「朝鮮半島の運転者」を自任し、南北融和こそが最大の目標であり、米朝首脳会談を実現させた事を最大の実績と考えている文在寅政権にとって、看過できないものであろう事は想像に難くない。

ちなみにこの著書では悪化する日韓関係についても触れていて、文大統領がトランプ大統領に「度々日本が歴史問題を論争にしてきた」と話したことについてボルトン前補佐官は「もちろん歴史問題を取り上げるのは日本ではなく、文大統領だ」と指摘している。これも、大いに気に入らないだろう。しかし、鄭室長の反論の中の次の一節を読んで、私は思わず仰け反ってしまった。

外交協議を一方的に公開したのは誰?

鄭室長はボルトン前補佐官の著書について「政府間の相互信頼に基づいて協議した内容を一方的に公開するのは外交の基本原則に違反しており、今後の交渉での信義を非常に深刻に毀損しうるものです」と批判した。言っている事は正しい。

ただ、そう言う資格はあるだろうか?なぜなら、日本との外交において「協議した内容を一方的に公開」するという「外交の基本原則に違反」したのは、他ならぬ韓国政府だからだ。

2017年12月、韓国政府は2015年に結ばれた慰安婦問題に関する日韓合意について、康京和(カン・ギョンファ)外相直属の調査チームが行った検証結果を発表した。日韓合意では、安倍首相が元慰安婦に謝罪した上で、日本政府が元慰安婦のために10億円を拠出し、その資金を元に韓国政府が財団を作って元慰安婦に資金を支給することが決められ、「最終的かつ不可逆的」に慰安婦問題が解決したと日韓両政府が確認している。

しかし文在寅政権は、日韓合意は「被害者中心主義に反する」などとして「問題は解決しない」と立場を翻し、財団も一方的に解散した。実は文在寅政権が立場を翻る根拠になっているこの報告書には、日韓合意の交渉過程や、非公開とすることで日韓両国が合意していた内容が記載されている。

河野外相(当時)は報告書発表直後の会見で「合意の交渉経過について一方的に明らかにされるべきではないということを申し上げております。非公表を前提としているものが一方的に公表されたというのはいかがなものかと思いますし,極めて遺憾と言わざるを得ない」と強く批判した。

一方調査チームは会見で「外交的な側面で少し損傷があったとしても、(国民に)知らせる必要があると判断した」と抗弁している。確信犯的に「外交の基本原則を違反」したのだ。

ボルトン前補佐官の本は、トランプ大統領批判が主目的ではある。そういう意味では、韓国政府や文大統領は「もらい事故」を受けたようで、気の毒な面はある。ただ「外交交渉を一方的に公開するのは外交の基本原則違反で信義を毀損しうる」との声明がブーメランのように韓国政府に突き刺さっている事は自覚して頂きたい。今回「一方的に公開」される立場になった韓国政府ならば、2017年当時に自分たちがいかに日本政府の「信義を毀損」したのかを、理解出来るだろう。

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】

渡邊康弘
渡邊康弘

FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。