ロックな「ホスピタリティー」!?

ビートルズにローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリンにクイーン。そしてオアシスにレディオ・ヘッド…… イギリスはロックの本場だ。

「おもてなし」という点において日本は “先進国”であるが、ロンドンならではのロックな「ホスピタリティー」をご紹介したい。

「バスカーの歴史」

ロンドンを訪れた人なら、地下鉄の構内を歩いていて、見事な歌声や演奏を聴いたことがあると思う。ストリートミュージシャンたち=バスカー(Busker)の歌声だ。時にはプロの人気歌手も顔負けの歌声も聞くことができる。

「バスカー」という単語を日本語の辞書で調べると「大道芸人」とあるが、ロンドンでは敬意と共にこの言葉をストリートミュージシャンに使う。皆様には聞きなれない言葉かもしれないが、これを機会に「バスカー」という言葉を覚えていただけたら私は幸せに感じる。

そのレベルは非常に高く、世界中でプラチナディスクを獲得しているエド・シーランも、実は元々はバスカーだ。なぜレベルが高いのか、その歴史を少し振り返りたい。

元々、ロンドンの駅構内などで歌うことは違法行為として禁止されていた。それでも、活動の場を求めるミュージシャンたちがゲリラ的に演奏を行っていた。しかし、ロンドン交通局に「才能のあるバスカーの音楽なら駅でも聞いていたい。駅のような場所にこそ音楽が必要だ」という市民の声が寄せられ続けていた。

オーディションに合格した人だけがバスカーに

これを受けて、ロンドンは2003年から市当局公認のバスカー制度を開始する。オーディションを行い、合格したミュージシャンだけがバスカーと認められ地下鉄の構内で演奏する権利を得る。その数は、当初およそ100人だった。

その後クオリティの高い演奏で、地下鉄駅を彩る風景の一つとして定着していったバスカー制度だが、2012年のロンドン五輪を契機に大きな変化が訪れた。

彼らバスカーを取り上げたイベントがロンドン各地で行われ、五輪観戦に訪れた海外からの観光客の注目を集めた。

これに目を付けた当時のロンドン市長、ボリス・ジョンソン(前外相)氏は、「バスク・イン・ロンドン」としてより強力にバスカーをバックアップする制度を立ち上げた。

ライセンスを与えるバスカーの数を増やし、地下鉄のみならず、大きな鉄道の駅や指定された場所での演奏を可能にしたのだ。バスカーを集めたコンサートも開催し、自治体がバスカーをさらにブームアップできるような体制を整えた。

チップはカード決済

バスカーのステージを示すサイン

バスカーたちはロンドン市を通じて演奏場所を予約する。
駅構内を歩いていると写真のような半円形の「BUSK IN LONDON」と書かれたステージを見つけることができる。ここがバスカーたちのステージとなる。今年に入り現ロンドン市長のカーン氏はチップを現金でなく、カード決済ができるシステムを導入した。ロンドン市交通局によると、お客さんも最初はカード使用をためらいがちだったが、市が管理している安心感から利用者は増えているとのことだ。

日本人バスカーも

私はロンドンの主要ターミナルの1つであるウォータールー駅へと取材に出向いた。

この日演奏していたのは、なんと日本人バスカーのAkariさん。12才の時、父親の仕事で渡英し、これまでイギリスで暮らしている。別の仕事を持っているが、「自分が本当に好きなことは音楽」としてロンドンで地道に音楽活動を続けている。

ビートルズなどのナンバーに加えて、日本語で松田聖子の「渚のバルコニー」まで披露する。Akariさんは「とにかく歌う場所がほしかった。最初は変な人に会うんじゃないかと怖かったけど、そんなことはなかった。ロンドンで暮らす人々はオープンで、圧倒的にポジティブなフィードバックが多い」とバスキングの魅力を語った。

日本人バスカーのArakiさん

そしてこの公営のバスカー制度の特筆すべき点は、少年少女にまで門戸が開かれていることだ。ロンドン市の制度では14歳になればオーディションを受けることができ、合格すればバスカーとして駅などで演奏する権利を獲得できるのだ。

年に一度 公開コンサートも

今年の夏に開催されたバスカーたちの公開コンサート

ロンドン市は年に一度「Gigs(ギグス)」という、バスカーや、バスカーを目指す若者を集めた公開コンサートを開いている。ロンドン西部のショッピングセンターで行われたコンサートには10代のミュージシャンが多数参加し、若者ならではの元気な演奏を聴かせてくれた。

11歳から15歳までの「超」若手部門で最優秀賞を獲得したのは14歳のルーシー・ガワンさん。父の影響でAC/DCなどのクラシックなハードロックが好きだという。7歳からギターを弾き始め、去年バスカーのライセンスを得て、街角で演奏をする。彼女は言う。
「私たちミュージシャンを目指す若者がストリートで歌う場を与えてもらえるのは本当に素晴らしいこと。ストリートで度胸をつけることができる」
彼ら若者たちから第2、第3のエド・シーランが絶対に現れるはずだ。

11歳から14歳の年少部門で最優秀賞 ルーシー・ガワンさん 14歳

ジョンソン前市長は「ロンドンに活力がある理由の一つは、街中で気軽に素晴らしい音楽を聴くことができるからだ。私たちの街を豊かにしているのはクリエイティブ精神だ」とバスカー制度の魅力について話した。
ロンドンもラッシュアワーの混雑はひどい。殺伐とする朝の駅、美しい歌声が響く。それだけで気持ちがやすらぐ。

東京五輪も近づき、日本でも海外からの観光客への「おもてなし」の制度構築を急いでいることと思う。お金や工事は要らない。でも街を訪れた人の心を少し豊かにする「公営」バスカー制度。

ロンドンならではの「ホスピタリティー」精神を、日本の人たちが少しでも参考にしてもらえると私はうれしい。

(執筆:FNN ロンドン支局 ライアン・キーブル)