子どものときに親から罵声や暴力、過干渉や価値観を押し付けられたりしたことで、親に負の感情を抱いたり、心の傷を負っている人もいるだろう。

しかし、そんな親も気づけば高齢になり、サポートを求めてくるかもしれない。自分を傷つけ、愛してくれなかった親が介護の必要な高齢者となったとき、どうすればいいのだろうか。

『毒親介護』(文春新書)の著者である、ジャーナリストの石川結貴さん。30年以上、家族問題を取材する過程で、過去に自分を傷つけた親の介護に直面している人の苦悩を知り、そして自身も身内の介護を経験したことがこの著書を執筆したきっかけだという。

そんな石川さんに、子どもの成長に悪影響を及ぼすような、“毒親”の介護に振り回される人たちの実態などを聞いた。

ジャーナリスト・石川結貴さん

厄介なのは“隠れ毒親”

――取材していく中で、“毒親”についてどのように感じましたか? 

一般的に考えられる「毒親」は、暴力的や支配的、自己中心的など、いわば強権を振りかざして子どもを翻弄する親と言えるでしょう。

一方、『毒親介護』の取材を通して浮き彫りになったのは“隠れ毒親”の存在です。一見、ふつうの親で、教育熱心だったり、子世帯の支援を惜しまなかったりする。子どもの方も「ふつうの親子関係」と思っているので、親に介護が必要になれば世話をしたり、同居を始めたりします。

ところが、いざ距離が近づいてみると親の言動にイライラし、妙に傷つく。まるで隠し持った“毒針”で刺されるように、心の深い部分が痛めつけられるのです。

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やがて、自分の思い込んでいた親子関係に疑問が生じてきます。実は、きょうだい差別がひどかったとか、親にとってのいい子を強いられていたとか、親子関係を美化していたことに気づく。

こんな風に封印していた過去が蘇りますが、だからと言って目の前の親は老い、介護を必要とする「弱者」になっている。今さら怒りや苦しみをぶつけることはできないし、周囲には「ふつうの親」と見えているので、誰からも理解されません。

私の印象としては、明らかな毒親より“隠れ毒親”の方が厄介で、潜在的に苦しんでいる人はたくさんいるのではないかと思います。

憎しみや嫌悪があっても避けられない「介護」

著書で取り上げられていた50代の女性は、母親との同居を機に、幼いころからの兄妹差別を思い出し、苦悩が始まっていく。

母親の自分への態度に隠された“毒針”を知り、さらに母親が家の中で繰り出すマイルールに苦しめられ、「母より先に死んだほうがいいかな」と考えることも。一方で、母親は娘の奉仕や献身、努力を求め続ける。この状態をまるで「生き血を吸われているような感覚」と表現している。

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―― “隠れ毒親”に育てられた子どもは、親から逃げることなく介護や経済的支援を行っていますが、こうした子どもにはどんな傾向がありますか。

長く疎遠だったり、一度は親から逃げた人でも、介護をきっかけに親と近づくケースが少なくありません。その背景には、親からの承認や謝罪が欲しいという気持ちがあります。

人は誰しも親に愛されたい、認めてもらいたいという思いがありますが、毒親に育てられた人にとってはなおさら切実です。

親が高齢になるほど親子関係のタイムリミットが迫りますが、「このまま何の謝罪もなく死なれるのは嫌だ」、「ここで逃げれば二度と親に感謝してもらえない」、そんな風に思い込んで介護や経済的支援をしがち。

取材した人たちからは、「親の世話をすることで何とか報われたい」という気持ちをひしひしと感じました。

また、現実問題として介護を必要とする親に関わらざるを得ない事情も。日本では親孝行を美徳とする社会的風潮が根強く、国は社会保障費を削減するために「在宅介護」を推進しています。

介護保険制度も決して万全ではなく、例えば申請手続きだけでも誰かの助けが必要。親の入院や施設入所にも保証人が求められ、多くの場合、子どもが責任を負うことになります。

過去にひどい仕打ちを受けていたり、親への憎しみや嫌悪感があったとしても、毒親介護という問題に直面するのは避けられないかもしれません。

介護は特定の子どもに負担、相続は平等

他にも著書では、幼いころから家事に追われ、母親の“小さな保護者”として生き、10歳離れた妹とは全く異なる育ち方をしてきた60代の女性や、「きょうだいは毒親から早々に逃げ、介護も一切手伝わずに財産だけ狙っている」と話す40代男性のケースも取り上げている。

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――著書で取り上げているケースは、親子関係だけでなく、きょうだいの仲も良好ではないと感じましたが、そうした傾向はありますか?

親子関係の問題よりも、兄弟姉妹の関係の方が難しいと感じました。「口だけ出して手やカネは出さない」というように、一方的に介護者を非難したり、責任をなすりつけたりして平然としている人が多い。

介護は特定の子どもに大きな負担がかかるのに、「相続は平等」だと主張される。これでは介護を担う人はたまったものではありません。

また、親の方も兄弟姉妹を客観的に扱いません。日常の世話をしてくれる娘を「下」に見て、たまに訪ねてきて1万円をくれる息子を「あの子は昔から優しい」などと褒めたりする。

兄弟姉妹の関係性が壊れる要因の一つには、毒親の“えこひいき”や男尊女卑などの差別意識も大きく関係しています。

「情報収集」と「自分の人生点検」を

介護自体、親子関係が良好であっても大変なもの。

高齢の親の面倒を見るのは子どもの親孝行であり役目という意識が強い日本では、親子関係が良好でない人たちにとって、それに囚われ、苦痛となるだろう。

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――今後、自分が介護することになるかもしれない“毒親”を持つ子どもは、何かできることはあるのでしょうか。

「介護はまだ先」と先送りしている人が少なくないのですが、なるべく早い段階で準備と心構えを持つ方がいいでしょう。

具体的には「情報収集」と「自分の人生点検」です。

まずは、介護制度や高齢者の心理、高齢期の身体状況などを調べてください。特に、高齢期の心身の状況を知っておくのは大切です。

子世代には「老い」という経験がないため、例えば認知症の症状を理解するのが難しい。徘徊や排せつの失敗、何度も同じ話を繰り返すなどの症状には理由があるのですが、そうした知識を事前に得ているかどうかで介護の難易度が変わります。

また、何より優先すべきは自分の人生。仕事や子育て、住宅ローン返済など、自分が抱えている事情を冷静に点検しましょう。

その上で「今、親に介護が必要になっても仕事は辞められない。では、仕事を辞めずに済む方法はあるのか」などと具体的にシミュレーションします。

自分の夫や妻の親が毒親だという場合も同様です。まずは夫婦間で、できることとできないことを整理しましょう。例えば、「在宅介護は無理だが、施設入所の費用は家計から月に3万円だす」などとプランニングします。

実際の介護はシミュレーションやプラン通りにいかないこともありますが、決して一人で抱えず、行政や介護事業者などに積極的に相談してください。

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いざとなったら「捨てる」という選択肢があることも知っておきましょう。「親を捨てるなんて」と罪悪感を持つかもしれませんが、世の中には子どものいない高齢者もたくさんいて、それでもふつうに生活できています。

毒親によって追い詰められ、自分の人生が壊れそうなら一旦捨てる。親子関係の距離を置いた上で、自分に余裕ができてから親に関わってもいいのです。

本当に捨てるかどうかはともかく、「捨ててもなんとかなる」という意識を持つだけで救われることもあるでしょう
 

こう語る石川さんだが、ただ単に親を「捨てる」のではなく、自分がどれくらい親の介護に関わるのか「見極め」から始めるよう著書で述べている。

もし「全く関わらない」、「親と絶縁する」と決めた場合も、行政とつないでおくことが重要となる。介護放棄は保護責任者遺棄罪などに問われる可能性もあるからだ。

そのために、親との関わり方を決めた後は、高齢者の生活や介護の相談窓口の「地域包括支援センター」に親と関われない事情も隠さず相談し、どんな介護サービスが利用できるのか聞いておくことも大切だという。

――毒親介護に直面している人へのメッセージを。

どれほどひどい親でも、いつか必ず「別れ」がきます。そのとき「やっと死んでくれてせいせいした」と思うのか、それとも「いろいろあったけど、私なりにがんばった」と思えるのかで、その後の人生が変わってきます。苦しみだけで介護を終わらせず、自分にとって何か得るものがあるという意識も忘れないでほしいと思います。

『毒親介護』(文春新書)

石川結貴
家族・教育問題、青少年のインターネット利用、児童虐待などをテーマに取材するジャーナリスト。新聞連載やテレビ出演、講演会など幅広く活動。著書に『スマホ廃人』(文春新書)や『ルポ 居所不明児童~消えた子どもたち』(ちくま新書)、『毒親介護』(文春新書)など多数。