福島県会津若松市に本社を置き、仏壇・仏具・位牌の製造販売を手掛けるアルテマイスター 株式会社保志(代表取締役社長:保志康徳)は1900年の創業以来、時代の変化をとらえ、人々の心に寄り添うものづくりを続けてきました。
2001年にグッドデザイン賞を受賞した厨子「安壽(あんじゅ)」もその中のひとつです。
銀座に開廊した「ギャラリー厨子屋」が今秋20周年を迎えたこのタイミングに、自社ならではの記念モデルを創り上げようと、国産漆を使った塗装開発に取り組みました。
長年愛されてきた厨子「安壽」の洗朱を国産漆で再現するチャレンジ。
2001年にアルテマイスターから新商品として発表された厨子「安壽」。この特徴的な洗朱の色は、安定した品質を提供するため工業的な塗料で仕上げていました。
これまで沢山の方にお求めいただいた安壽ですが、会津が漆器の産地である印象から、「漆を使った会津塗りじゃないんだね」という、少し残念そうなお声をいただくこともしばしばありました。
会津の森で育った‟国産漆”を生かしていく。
アルテマイスターでの取り組みのひとつに、1973年以降、市内の黒森地区で続けている「漆の木の植樹」があります。小さかった苗木が育ち、2021年には約7キロの漆が採れるようになりました。
2022年の年明けから、その国産漆を使って『安壽の洗朱』を再現しようという挑戦が始まりました。
この挑戦で見据える先には、当社の技術力と国産漆を組み合わせることで『工芸的付加価値のある商品開発の可能性を開く』という思いがあります。
担当したのは、高級位牌の生産や新商品の試作・開発などを行う装飾技術に特化した部署に所属する、入社14年目の井上俊介さん(39歳)と入社7年目の持田勇貴さん(30歳)。
社員10名が所属する部署の部門長とリーダーとして、実作業から管理、後輩の育成まで行い、製品の付加価値を創造することを目的に、日々、新素材や新たな塗装表現などの研究に勤しんでいます。
漆芸関係の大学を卒業後、漆芸家としての活動を続け、2015年には第55回東日本伝統工芸展の最高賞である「東京都知事賞」を井上さんは受賞しており、海外からの受注も請け負った経験を持ちます。
持田さんもグループ展で新作を出展しながら、第76回福島県総合美術展にて「佳作 福島県文化スポーツ局長賞」(2022年)を受賞するなど、活躍の場を広げています。
木漆工芸家からのアドバイスが後押しに。
「国産漆で安壽の洗朱を再現してみよう」
生漆から洗朱を作る経験がなかった井上さんは戸惑ったものの、‟塗料の起源である漆塗りの塗装開発にチャレンジしたい”との気持ちがあり、引き受けることにしました。
初めて挑むことになった国産漆での洗朱作り。配合がうまくいかず黒ずんでしまうなど苦戦する日が続きました。
そのとき相談に乗ってくださったのは、全国の産地でのものづくりを現代に生かす仕事を長年されてこられた山田節子氏でした。山田氏から「うってつけの人がいる」と紹介された方が、鮮やかな洗朱の漆芸表現が特徴で‟洗朱の十時(ととき)”とも称される木漆工芸家、十時啓悦(とときあきよし)氏。
そこでのアドバイスが後押しとなり、技術支援センターである福島県ハイテクプラザからの協力も得て『国産漆で作る洗朱』の配合比率をみつけることができました。
様々な助言が井上さんの自信につながり、チャレンジの糧となっていきました。
仲間も加わり、夏から本格的に洗朱の再現をスタート
当初一人でこの挑戦を請け負うつもりでいたという井上さん。
通常の業務をこなしながらの作業になるということはもちろん、今回の洗朱作りの工程が未知数であることから、他のメンバーを巻き込むことに躊躇する気持ちがありました。
そのとき自ら名乗りを上げてくれたのが、持田さんでした。
井上さんと持田さんは、本業に従事しながら漆芸家として制作活動を行っているとう共通点があります。
「作業量を聞いて大変ではないかと思い、手伝わせてください、と手を挙げました。」と持田さん。そのように話す彼に対して井上さんは、
「そう言ってもらえて助かりました。後輩に恵まれているな、と実感します。」
まだ日差しの強い日が続く9月、市内の黒森地区から採取した生漆を、日光の力によって水分を飛ばす作業が行われました。
桶に入れられた生漆を屋外に持ち出し、日光があたる位置を移動しながら、1日がかりで混ぜていきます。業者に依頼することも考えましたが、納期とコスト面から、自力での作業を選択しました。
水分の目安となるグラム数をこまめに測りながら、慎重に行っていきます。透明になっているかの確認は、ガラス板に乗せての目視になります。
このような工程を経て精製された漆に、いよいよ洗朱にするための顔料を混ぜ合わせていきます。
専用の機械で混ぜ合わせた後なめらかさを出すため、ガラス棒でひたすら顔料の粒子をつぶしていく工程を踏みます。
一度塗り上げるも、安壽のトロッとした表面に近づけず再度やり直し
記念モデルの安壽は2本用意されていました。初めての国産漆での塗装のため、予備も含まれての数になります。
それぞれに刷毛で下地を塗装し、仕上げの段階で2通りの方法を試すことになりました。井上さんが刷毛で仕上げる方法を、持田さんは専用のガンで吹き付ける方法を試します。
しかし、仕上がりはどちらも納得いくものにはなりませんでした。井上さんの方で行った方法では刷毛の塗り跡が残り、持田さんが用いたガンでの吹き付けも表目にザラザラ感が残ってしまいました。どちらも、元の安壽の特徴であるトロッとした表現とは遠いた仕上がりでした。
ここで、再度塗り直しすることを決断します。
やり直しには時間がかかりますが‟アルテマイスターの技術資源の新たな活用法を生み出し、市場に左右されない付加価値を生み出すため”安壽のなめらかさを国産漆で再現することを目指したのです。
その一方で、課題にもぶつかりました。
再現性を高めるため、『安壽の洗朱』の色味に極限まで近づけなければなりません。天然塗料の難しさは、漆と顔料の配合比に加え、乾くスピードでも色味が変わってきてしまうことにあります。
展示会の開催が迫る中、急遽、配合比率の研究も必須となりました。再び、福島県ハイテクプラザへ配合パターンを依頼し、30パターンもの配合比の中から『安壽の洗朱』を見つけ出しました。
当時の開発者が大切にした『安壽の洗朱』。これは、寺社仏閣でも使用される、日本を代表する色でもあります。
「祈ることで元気になってもらいたい」との願いを込めた安壽。伝統的な仏壇の主流だった、重厚な黒色や金色といった色合いからすると、卓上に収まる洗朱の厨子は、当時業界に大きなインパクトを与えました。
そのような想いを受け、どうにか国産漆で『安壽の洗朱』の色を再現したいとの思いがありました。
集中しすぎて深夜まで制作作業…家族や仲間からのエールが支えに。
厨子を塗る際、扉や屋根、本体など7つのパーツに分け塗ります。
普段の業務をこなしつつの作業の中、時には自宅へ持ち帰っての作業になることもあり、自宅では集中しすぎて、深夜になることもあったと言います。
そのような二人の支えになったのが、会社の仲間や家族からのエールでした。
-井上さん
制作期間中は、会社の通常の業務も行いながら帰宅後自宅での制作という形で進めていました。制作に夢中になると深夜にまで作業を進めてしまうことが多々あり、徹夜になることもしばしば。
周りの方々に心配をかけてしまった部分はありましたが、家族から作業場にそっと栄養ドリンクが置かれていたり社員の方達からのエールも自分の心の支えになりました。
ー持田さん
今回の制作はやってみると難易度が高く、制作期間もかなり限られた中だったので、過去一番に精神をすり減らしながら作業を行なっていました。リーダーになったこともあり、部の体制を整えるのにも気力を使っていたので尚更だったと思います。
疲労感を隠しきれていなかったのと、休日の予定をキャンセルしたりもあり、周りの社員からは「大丈夫?」「大変そうだな」と心配と気遣いの言葉をかけてもらいました。
改めて自分は人に恵まれているなと、同僚、友人の存在のありがたさを感じることができた今回の制作でした。
イメージした通りの『安壽の洗朱』に塗り上がったのが開催間際の11月末。無事、会場であるギャラリー厨子屋に送られ、安堵の表情の二人。
創作や技術の向上に対して意欲的に活動しつつ、社外での活動を社内の技術向上へ還元することも、井上さんと持田さんには共通しています。その二人が今回『安壽の洗朱』にチャレンジした経験を経て、得られた学びについてお話を伺いました。
ー持田さん
私の今までの制作の中では、色は漆黒で魅せ、そこに螺鈿や蒔絵の装飾をするということが多く、今回のような朱で仕上げるというのはやったことがありませんでした。
初めてのチャレンジをしていく中では、大学(富山大学芸術学部)時代の先生の言葉を思い出したりもしました。当時一度だけ、先生が朱の最終仕上げをするから来なさいと呼んでいただいた時におっしゃっていた、
「朱の呂色上げは黒と比べて数段難しい」という話を、今回の作業を通して痛感しました。
今回やってみた事で、確かに色むらが出やすかったり、摺漆の薄膜を破らないように磨かないといけなかったりと、想像を遥かに上回る難易度を感じることができました。
とても苦戦はしましたが、今後の自身の制作にも生きる経験をでき、大きな学びになったと思います。
その他にも厨子のような形状も初めて、黒森漆のみで塗って仕上げるというのも初めてと、初めて尽くしな今回の制作では失敗が多々ありましたが、その分色々な学びと経験を得ることができました。
ー井上さん
会津若松市黒森地区で採れた国産漆という貴重な漆塗料を使用しながら洗朱の色漆を精製・調合するという大変貴重な経験をさせていただき、この上ない喜びを感じています。
また鮮明な洗朱色を再現するにあたり、改めて漆を活用したものづくりの大変さを感じました。
漆の特性上、乾燥させるときの湿度と温度の調整だけでも色は明暗に変化します。乾燥具合は採取した漆の個体差にも反映されるため、その時々の漆と向き合い、把握しながら使いこなすことが求められます。
手間をかけ、素材と向き合う精神こそが「工芸」の神髄と学んできましたが、今回の体験でそれを再認識することができ、今後の糧としていきたいと思います。
2人が手掛けた厨子「安壽 洗朱 漆仕上げ」は銀座・ギャラリー厨子屋で12月10日(土)から展示されます。
「アルテマイスターの厨子」展 開催概要
■会期
2022年12月10日(土)〜25日(日)
■会場
ギャラリー厨子屋
[東京都中央区銀座1-4-4 ギンザ105ビルB1F]TEL:03-3538-5118
時間:11:00~19:00 最終日17 時閉場 火曜定休 入場無料
■WEBサイト
店舗サイト:http://www.zushiya.com/
特設サイト:http://www.zushiya.com/anniversary/
◇日本の美意識から学び生まれた《アルテマイスター》の厨子約30点を展示
2002年の開廊以来、現代の祈りのかたちをと、デザイナー・工芸家によって様々な祈りのかたちが創出されてきました。その多様な表現や、日本の美意識から学び、生まれたアルテマイスターの厨子を約30点が展示いたします。
今回2人が取り組んだ記念モデルの厨子「安壽 洗朱 漆仕上げ」も自然の恵みを生かすものづくりとして、ご紹介いたします。ぜひ足をお運びください。
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