アイスホッケーのプロテクターを着けた選手たちが、街中に設置された最長で約600メートルの特設コースを一斉に滑り降りるレース「クラッシュドアイス」。

そのスピードは最高時速80kmにも達し、狭い氷のコースを猛スピードで駆け抜ける。

2010年に初めて世界選手権が行われ、これまで49回開催されてきたクラッシュドアイスがついに日本初上陸。12月7日8日の2日間、横浜みなとみらいで開催される。

Andreas Langreiter / Red Bull Content Pool

レッドブルと言えば、他にもF1やエアレースの大会をサポートすることで知られているが、そもそもなぜ飲料メーカーがエクストリームスポーツに取り組むのだろうか?

一見、奇想天外なレッドブルのマーケティング戦略だが、一方で実は「商売の原理原則に忠実」という見方もある。

今回は『ストーリーとしての競争戦略』の著者であり、経営学者の楠木建教授へのインタビューを通じ教授の専門分野である「競争戦略」を軸にレッドブルの戦略を解説してもらった。

(聞き手・新美有加アナウンサー)

レッドブルのコンセプトを伝える一つの手段が“エクストリームスポーツ”

――クラッシュドアイスのようなイベントを開催することで、ロゴや商品の露出もあり結果として宣伝になるのだとは思うのですが、不思議な感じもします。なぜレッドブルはこのようなエクストリームスポーツに取り組むのでしょうか?

それを知るにはレッドブルの成り立ちを知ることが重要です。創業者のマテシッツは1980年代、ある消費財メーカーに勤めるビジネスマンでした。彼は出張先のタイでローカルな栄養ドリンクと出会った。

当時、ヨーロッパやアメリカにはそういったドリンクは存在せず、そこにビジネスチャンスを見出した彼は会社を退職して、ライセンス事業で商売を始めました。すると、短期間のうちに爆発的にヒット。

水や砂糖、カフェインなど目新しいものはまったく入っていないドリンクなのにどうしてそんなに受け入れられたのか?それは今までにない“エナジードリンク”という新しいカテゴリを創造したことが関係しています。

もともと日本やアジアで飲まれていた栄養ドリンクは「疲労回復」、マイナスをゼロにすることが目的でした。しかし、レッドブルは違う。「翼をさずける」というキャッチコピーからもわかる通り、0からプラスの状態を作る。飲むことでエキサイティングな体験を可能にする新しいエナジードリンクを生み出した。

この新しい飲み物は、ターゲットさえきちんと設定すれば受け入れられると彼は確信していました。

では、効果的に商品を伝えるにはどうしたらいいのか。それは製品の成分を説明するよりも、レッドブルがフィットする生活の局面にマーケティングしていくことでした。たとえば、試験の前に気合いを入れたいときやクラブへ踊りに行くとき。気分を高揚させ、何かを「できる」と思わせるような有能感を与える場面に最適なドリンクだと打ち出した。

それが結果的に受け入れられて、爆発的なヒットにつながるのですが、そういった局面の極端な例がエクストリームスポーツです。レッドブルがイベントをサポートすることで、明確にコンセプトを伝えることができると彼は考えているのでしょう。

ーーなるほど。レッドブルはエナジードリンクを販売する企業というよりは、エキサイティングな体験を顧客に提供しているということですね。

もう一つ加えて、レッドブルとエクストリームスポーツが合致しているのは、「オルタナティブを世に出す」ということです。

ドリンク業界にはジュースやお茶、栄養ドリンクなどいろいろなものがありますが、マテシッツがしたかったのは従来のドリンクをもっとおいしくする、もっと爽やかにするといった、今ある次元の連続上に価値を作ることではなくて、価値そのものの基準を変えるということでした。

彼が最初に作ったレッドブルの資料には「レッドブルのための市場は存在しない。我々がこれから創造するのだ」と書かれている。それこそがイノベーションの本質です。スポーツに置き換えれば、オリンピックに登録されているようなメジャーなスポーツではなく、エクストリームスポーツこそがオルタナティブな存在。なので、両者は相性がいいということになります。

レッドブルはマーケティングの会社で飲料メーカーではない

ーーレッドブル人気にあやかり、数多くのライバル企業が模倣したドリンクを発表していますが、レッドブルは創業から25年間、エナジードリンク業界シェア一位を保ち続けています。その成功の秘訣はなんでしょうか?

やはり、レッドブルが新しいカテゴリを作り、マーケットを作ったことです。これがビジネスとして何がいいのかというと、従来の商品と比較されないこと。どちらがおいしいとか、健康にいいとか。そういった次元で勝負し続けるとずっと比較される。価値基準はカテゴリを作ったブランドが決められます。

レッドブルより気分を高揚させるドリンクはあるかもしれないし、現に他のライバル商品はそうやって対抗しているけれども、価値基準はレッドブルが決めているので消費者は比較しない。それは強いですよね。戦略のフォーカスがはっきりしている。そういった戦略の一つが、エクストリームスポーツのサポートということでもあります。


ーーその取り組みがなぜ、ブランドの持続的な競争優位の源泉となりうるのか、考えを聞かせてください。

レッドブルは単なる飲料メーカーではありません。生産と流通は外部化し、新たな商品開発もしていない。では、なにをやっているのかというと、マーケティングしかしない会社なんです。そもそもマーケティングとはブランドを定着させ、人々に共感させるための手法です。

企業の競争力を作るための一要素で、他の重要な要素とも絡んでレッドブルの優位性は作られています。エクストリームスポーツはレッドブルのコンセプトにフィットするのでそれをサポートすることが非常に有効的なマーケティングになっている。

それに加えて、レッドブルがここまで高い競争力を持っている理由はやっていることが非常に少ない点が挙げられると思います。つまり、何をやらないかがはっきりしている。

ーーたとえばどういうことでしょうか?

まず、商品数が限られていますよね。日本の大手飲料メーカーはスポーツドリンクやコーヒー、ジュース、お酒などかなりの種類を作っています。世の中にはいろんなニーズ、セグメントがあるので、それに合わせて商品を開発していった結果、商品が横に広がっていった。

ところがレッドブルは商品数を絞っているので、研究開発投資はやる必要がない。しかも、生産と流通は外部化しています。自社でやらないことをはっきり決めている。

一方で、ブランド構築のためのマーケティングという競争力の中核部分については莫大な投資をする。つまり、何をやって、何をやらないかがはっきりしている。私はそこに戦略の本質があると思います。

結局、戦略とは大元を辿ると資源制約なんです。資源に制約がなければ戦略はいらない。すべて全力でやればいいだけ。でも、そんなことはできないので、何をやる、何かをやらないということを決める必要がある。レッドブルの場合はそれが極めてはっきりしていて揺るがない。


ーーマテシッツは、レッドブルがどんなに成長を遂げても、上場しないという方針を貫いています。外部の圧力を遮断し、独立自尊の経営を取ることは「何をやるか」「やらないか」を決めることと関係していますか?

そうですね。繰り返しになりますが、レッドブルには特別な物質が入っているわけでもなく、技術的に優位性があるわけでもない。どうしてここまで爆発的にヒットしているのかといえば、効果的なマーケティングを打ち続けてきたから。マテシッツは、マーケティングに全力でリソースを投入する。

だから、とことんとんがったことができる。何をやらないかがはっきりしているということは非常にシンプルに思えるけれど、これが他の企業はなかなかできない。もし、上場していれば投資家たちからあれこれ意見を言われていたはずです。

エクストリームスポーツをサポートすることにも反発があったでしょう。そう考えると、非上場でいるというのは重要な意思決定だといえます。

 

楠木建

一橋ビジネススクール教授。1964年東京生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション兼キュセンター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『経営センスの論理』(新潮新書)などがある。

◆Red Bull Crashed Ice Yokohama 2018 (レッドブル・クラッシュドアイス横浜 2018)
12月7日(金)、8日(土)横浜市臨港パーク特設会場にて開催
https://www.redbull.com/jp-ja/events/crashed-ice-yokohama

(文・浦本真梨子)