9月19日は「敬老の日」でした。

そこで、愛媛のご長寿アスリートを紹介します。

西条市の平田数秋さん。

昭和7年生まれの御年90歳のご長寿アスリートです。

平田数秋さん:
「(Q.鉄球の重さは?)3キロ。80歳以上は全部3キロなんですよ」

重さ3キロの鉄球が付いたハンマーを体の回転力を生かし、豪快に投げたり…。

平田数秋さん:
「400グラムが正規の重さ、80歳以上は。この450グラムは自分で作っとんですよ。ちょっと重い、練習用に」

さらに、長さが約2メートルある「やり」も助走をつけて、勢いよくリリース!

平田数秋さん:
「(Q.練習は)毎日。ここへ来るか、西条の体育館に行って筋トレ」

平田さんは今年7月、全日本マスターズの投てき五種競技で日本新記録を樹立。

8月の四国マスターズでも「砲丸投げ」と「やり投げ」で大会新記録を出すなど、日本を代表する投てき競技のスペシャリストです。

競技場の管理者:
「すごいと思います。ここへ来よる人も『わし、あんな真似ようせん』。それくらいすごい人です」

平田数秋さん:
「(結果が)何センチという単位で数字に現れるでしょ。それが自分の励みになる。陸上競技はタイムがあるでしょ。タイムを縮めるいうことがひとつの楽しみですわ」

平田さんが陸上競技を始めたのは高校生のころ。

戦後まもない時代でしたが、長距離走者としてインターハイにも出場しました。

平田数秋さん:
「おふくろに足袋を縫うてもろて、1回履いて走ったら、もう終わり。次の試合はまた足袋を縫ってもらう。スパイクを履きだしたのは、世に出たのは昭和25、26年過ぎてじゃないですか」

その後も社会人ランナーとして、文字通り激動の昭和を走り抜けた平田さん。

50歳からはマスターズに挑戦の舞台を移します。

平田数秋さん:
「(Q.思い出深い大会は?)世界選手権で0.1秒差で決勝に残れんかったいうことです」

平田さんが61歳の時に出場した世界大会の300メートルハードルの準決勝。

平田さんのタイムは50秒56。

100分の1秒差で決勝に進むことができませんでした。

平田数秋さん:
「一番の心残りですね。世界大会でファイナリストになるんと、セミファイナルになるんと大きな違いでしょう。ファイナリストになれなかったんですよ」

そして、この頃、平田さんは体調に異変を感じ、走るのが困難になります。

平田数秋さん:
「もうこれは足の調子も心臓も良くならんと。64、5歳から70くらいまで(陸上を)やるかやめるか、ひとつの境。やるとしても走るんか、投てきをやるんか迷うたんですわ」

そして、平田さんが選んだのは陸上を続けること。

ただ、走ることは諦め、70歳から「投てき」競技に挑戦しています。

平田数秋さん:
「少々のかけ足とか、投げることはできる。ずっとやめることなしで続けている。そうでないと一回、年を取ってやめたら再起がないと思いますね。記録を伸ばすいうより、いかに自分の記録を悪うせんかというふうの努力。今、伸びろと言うても伸びんのです。どこまで支えられるかです」

時に喜び、時に悔しさも。

人生を支えてくれた陸上に、平田さんは自分の「今」をしっかりと感じています。