沖縄戦で起きた強制集団死いわゆる「集団自決」の体験を証言し続けてきた金城重明さんが今月19日に亡くなりました。過酷な記憶と向き合い続けた金城さんが伝えた戦争の不条理と平和への思いを振り返ります。

今月19日に93歳で亡くなった金城重明さん。その生涯は辛い記憶と共にありました。

1945年3月300人余りの住民が犠牲となった渡嘉敷島での強制集団死いわゆる「集団自決」。金城さんは兄と2人で母や妹、弟を手にかけました。

「どこにも殺意はないですよ殺したい人もいない、死にたい人もない。だけど生き残ったらどうしようという『生』への恐怖。」

戦後、牧師となり沖縄キリスト教短期大学の学長を務めながら自らの体験を語り続けました。

「はたから見れば、加害者としかみられない。(親族に)手をかけたという事実はありますから。苦しむわけですよ。」

苦しみに耐えながら金城さんは歴史修正の動きに対峙し集団自決に軍の命令があったかが争点となった大江・岩波裁判などで証言者として法廷に立ちました。

「軍命があったという歴史的事実を語らなければならないという使命感みたいなものがありましたね。」

裁判所は軍の関与を認める判決を言い渡しました。沖縄戦の研究者石原昌家さんは、金城さんの証言の意義をこう説明します。

沖縄国際大学石原昌家名誉教授「日本軍、国家によって間接的に殺害をさせられたんだ。それを司法の場で明らかにした。沖縄戦の一番残酷な体験を背負って沖縄戦の真実を歪められないように、歪曲されないように。過酷な体験を話をされているんだと思っていた。」

金城さんが生涯を通じて訴えた戦争の悲惨さ、平和の尊さを今を生きる私たちが受け継いでいかなければなりません。

金城重明さん「若い人たちに伝えなければ命の尊さを。平和は作らなくちゃいかんでしょ。」