国際都市ロンドンのありふれた風景

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ロンドン中心部の商業地区・メリルボーンにある自宅アパートを朝出ると、まずアパート一階(地上階)にあるニュース・スタンドに立ち寄り、インド系の店員達と簡単な挨拶を交わし新聞を買う。彼らの英語は綺麗なブリティッシュ・イングリッシュで、インドから来た移民の二世か三世であろうと推測できる。

そこを出てオフィスに向かうとあちこちでビルの改築・改修現場の傍を通ることになる。建築ブームである。そうした現場から聞こえてくる職人達の会話は英語ではなく、スラブ系の言葉、多分、ポーランド語である。ルーマニアから来たというペンキ職人とちょっとした会話をしたこともある。

たまに、途中の食堂に立ち寄る。そこの主は陽気なポルトガル人だ。裏通りを行き交う人々の会話はフランス語だったり、ロシア語だったり。イギリス人には無駄口をきかない人が多いせいもあってか、英語はなかなか聞こえてこない。

オフィスに着くと入り口でまずビルの管理人と挨拶を交わす。彼はジャマイカ系のイギリス人だ。オフィスに入ると今度は受付の女性と挨拶。彼女はちゃきちゃきのロンドンっ子で下町訛りのべらんめえ口調でずけずけと物を言う。代々のイギリス人の英語をその日初めて耳にするのがオフィスに着いてからというのが珍しくなかった。

昼食に時々行く近所のフィッシュアンドチップス店は代替わりしたばかりで、店の人は全員フランス人。代替わり前は全員イタリア人だった。フィッシュアンドチップスはイギリスでは数少ない名物料理で、この店は創業100年を超える老舗で味も抜群。しかし、創業者一族の姿はもう無い。同じく近場のサンドイッチ店でも代々のイギリス人の店員に出くわすことは滅多に無い。スタバなどでも同様である。

自宅アパートの担当不動産会社はウクライナ人経営で、イギリス人スタッフは、一人しか居なかった。大家はキプロス系ギリシャ人でイギリスに住んでいなかった。ボンド・ストリートなどのブランド街に行くと、有名ブランドの紙袋を提げて闊歩している若い女性は中国人かアラブ系。とにかく賑やかだった。

同じ地区にある超高級ホテルの前を通ると、ロールスロイスや最高級ベンツがずらりと並ぶのに時折出くわす。壮観である。しかし、ナンバープレートを見るとイギリスのものではない。アラビア数字が記載されている。車もはるばる持ち込んだらしい。

夕方、時々顔を出すパブが三軒あった。裏通りのパブの夕方の客の大半は近所のオフィスのサラリーマンで流石にイギリス人が多数派だったが、店は経営も店員も代々のイギリス人だったのは一軒だけだった。

これが、2016年の国民投票前後、筆者が二度目に駐在した2015年から2017年にかけてのロンドンのありふれた光景であった。ロンドンは文字通り国際都市になっていた。

しかし、最初に駐在した1990年代前半は違った。

ロンドンでもほとんどの場所で多数派はイギリス人だった。イギリス人の話す英語は今も多様なお国訛りに彩られているのだが、そうしたイギリス人の英語が飛び交っていた。その頃は大家も不動産屋もイギリス人、レストランでも専門店を除けばイギリス人が経営しイギリス人が働いているのが普通だった。ロンドンはイギリス人の都市だった。移民と言えば、インドやパキスタン、ジャマイカなど英連邦諸国(旧植民地)から来た人々だった。今の日本の若者には信じられないだろうが、その頃、有名ブランドの袋を提げてボンド・ストリートを闊歩していたのはバブル期の日本の若い女性達だった。

EU統一市場の誕生

変化のきっかけはEUの統一市場の誕生であった。

統一市場は人・物・カネ・サービスの加盟国間移動を自由にするというのが決まりである。日本人が東京や大阪へ自由に転居できる、物や金も国内では自由に動かせるのと同じように、パリからもローマからもロンドンに自由に転居・移動できるようになった。その結果、欧州大陸のEU加盟国から欧州の金融・ビジネスの中心都市・ロンドンに人が集まり始めた。

ポーランドやハンガリー・ブルガリアなど旧東欧圏の国々がEUに加盟すると、ロンドンへロンドンへと人も草木もなびく流れがさらに加速した。イギリスは国際言語・英語の母国という点も人々を引き寄せる要因になった。現在は凍結されているようだが、外国からの資金を呼び込むためイギリスには投資ビザという制度もあった。大金持ちのアラブ人やロシア人、中国人達はこの制度を利用してやってきた。結果、ロンドンの人口の40%超が外国生まれの人々で占められるようになった。様変わりである。

外国人を嫌う人はいつの世にも何処にでも存在する。しかし、そういう人々はそんなに多くない。イギリスでも同様である。だが、移民の増加ペースをもう少しコントロールして欲しいという声が強まり、当時、移民問題の責任者だったメイ内相は毎年30万人を超えるペースで流入していた移民の数を年間10万人程度に抑える目標を掲げていた。が、叶わなかった。EU諸国からの移民を制限することができなかったからである。ちなみに30万人と言えば新宿区の人口が現在およそ33万人だそうである。それだけの人口が毎年増えると社会の負担も大きく必然的に軋轢も生じる。これはやむを得ない。

EUルールの不自由さ

また、統一市場の誕生は、関税はもとより、労働・品質・衛生・環境等の面で統一基準を加盟各国に適用するというルールを必要とした。そして、その基準を決めるのはEUであった。各国政府はそれぞれ発言権・投票権を持ってはいたが、自分達の国の中で適用される様々な基準を自分達だけで決めることはできなくなった。

日本人に分かり易い例を挙げると、寿司・刺身の衛生基準がある。現在のEUのルールでは加熱せずに生で提供する魚介類は一度冷凍する必要がある。何故かと言うと、生で酢漬けのニシンを食べる習慣のある北欧の国で一度冷凍する義務を課したところ、アニサキスにやられるケースが激減した為、単に右に倣へをしたらしい。魚介類の生食の習慣のない大半の国ではそれで構わなかったのである。

しかし、これでは本格的な寿司店はかなわない。わざわざフランスから生きたまま仕入れた平目を自分達で捌いても一度冷凍しなければならない。平目にアニサキスがいるという話は寡聞だが、それにも関わらずである。

ほとんどの欧州人に違いはわからないからでもあるのだろうし、非日本人経営の簡便な日本食店には、この方が楽に違いない。だから、EUではこれが一律である。本格的な日本料理店に欧州での発言力は無い。

鞄や財布などの皮製品を製造するイギリスの地方の会社のオーナーは、EUの環境基準が余りにも小うるさく、製造過程で使ってよい接着剤がこのままでは存在しなくなるとかなりお怒りであった。杓子定規だとも非難した。自分の国だけのルールなら、中小の企業でも業界団体を通じて陳情すれば柔軟な対応を求めることができる。しかし、EUが相手となると簡単ではない。彼は“怒れる離脱派”であった。

第三国との貿易交渉も加盟各国は独自にできない。第三国の物品への関税はEUで一律にしなければ不公平が生じるからで、アメリカや日本と独自の貿易協定を結ぶべきという人々は不満であった。北アイルランドの扱いを巡って揉めている理由は、この関税や品質基準の分野で意見が一致しないからでもある。

例を挙げていけば多分キリが無い。全てのEUルールに諸手を挙げて全面的に賛成するイギリス人は今でもほとんどいないはずである。誰もが大なり小なり何がしかの不満を抱えている。

しかし、それでも、イギリスの対外貿易の最大の相手はEU諸国である。統一市場があるからこそイギリス経済は好調を保てたというのは、一面に過ぎないかもしれないが、紛れも無い事実である。

自動車や医薬品のようにEU内で国をまたがった複雑なサプライ・チェーンを構築している業界ではEUの関税同盟からの離脱は悪夢以外の何物でもないし、エンジニアリングや医療の分野ではEU諸国から働きに来る人材が枯渇すれば立ち行かなくなる。野菜や果物の収穫作業もEUの国々からの働き手無しでは滞りなく進まない。気候温暖で物価の安い南仏やスペインで老後を過ごすイギリス人は多いのに、離脱すればこれも自由にはできなくなる。あれやこれやで、イギリス国民は結局残留を選ぶだろうというのが大方の予想だったのだが、そうはならなかった。ご案内の通りである。振り返れば時のキャメロン政権に対する反感が強過ぎたのも離脱決定の要因になった。SNS等を利用した外国勢力による世論操作の影響もあったかもしれない。

星雲状態の中にあるイギリス

EU離脱を巡ってイギリスは今も混乱の最中にある。

サッチャー時代からイギリス政界で生き延びている保守党のベテラン政治家・クラーク元財務相は「イギリス下院議員の全員がハード・ボーダー(Hard Border・北アイルランドとアイルランド間の国境チェック)が復活することを望んでいない。下院議員の80%は関税同盟からの離脱を望んでいない。メイ首相が纏めた離脱案は、この二つの要件を満たしている。それにも関わらず、過半がメイ首相案に賛成する状況に無い。」(旨)と評したらしい。

野党第一党の労働党・コービン党首はメイ首相案を「デッド・イン・ザ・ウォーター」(Dead in the water)と評した。言葉だけ見ると水死状態のことを指すかと思いたくなるが、「デッド・イン・ザ・ウォーター」とはベタ凪の海で帆船が全く動かなくなる状態を指すという。

そうなってしまうのは国民のほぼ全員がEUに大なり小なり何らかの不満を持つのと同じように、下院でも、メイ案になんらかの不満を持つ議員が多数を占めるからである。単純化して言うが、保守党で100人前後とみられる離脱強硬派は言わば完全な離婚を求めている。EUの政治同盟・統一市場・関税同盟の全てから離脱し、イギリス独自の道を歩むべしと主張している。

メイ案は関税同盟に事実上切れ目無く残留する。代わりにイギリス独自の通商政策は制約を受ける。保守党内でこそ多数がこれを支持するようだが、議会の過半には現在全く及ばない。第三党以下のスコットランド国民党や自由民主党は、EU残留を狙い国民投票を再び実施するよう求めている。メイ政権に閣外協力する北アイルランドのプロテスタント政党・DUPは離脱には賛成しているが、メイ案には協力的でない。労働党指導部もメイ案には反対している。労働党内部にも強行離脱派・関税同盟残留賛成派、再投票要求派などが居て一枚岩では全く無いのだが、指導部が最優先するのはこの期に及んでも政権奪取である。

時間切れが迫っているのは誰もが認識している。が、未だまとまる見通しさえ無い。1月中旬に予定されているという議会投票でメイ案が通る可能性が少しでもあるとすれば、それは主要政党が党議拘束を外した場合に限られるだろう。或は、第二案というべきプランBがEUも受け入れ可能な形で策定され、強硬離脱・メイ案・プランB・再投票の4つの選択肢、もしくはそのうちの3つが議会で投票に掛けられ、何らかの形で収斂していかない限り、まとまらない公算が強い。そして、このまま時間切れになれば自動的に強硬離脱になる。蛇足になるが、プランBなるものが出現しうるかどうかも今は全くわからない。ウルトラCは無い。

イギリスに時間的猶予を与えるため3月29日の離脱期限が延長される可能性はある。が、イギリス側は未だ星雲状態にある。この間、離脱と無関係な外的要因で世界経済がクラッシュでもすればイギリスは間違いなく大打撃を受ける。

雨降って地固まるという言葉がある。イギリスとEUの関係もいずれはそうなるのだろうと思う。しかし、それがいつ、どういう形になるのか、今も誰も見通せないのである。

(執筆:フジテレビ 解説委員 二関吉郎)