学校防災アップデート大作戦 大川小と釜石東中に学ぶ学校防災 東日本大震災特別企画「ともに」前編

東日本大震災特別企画「ともに」。今回は「学校防災」についてです。こちら、東京の一般社団法人が、去年、全国の教員81人に行ったアンケート調査の結果です。『学校管理下で災害が発生した場合、児童生徒全員を守る自信がありますか?』という問いに、「ない」と答えた人が74.1%に上りました。自由回答欄では『教科指導に手一杯…』、『防災教育に充てられる時間が十分にない』など、学校防災に関して、先生たちが不安を抱えている現状が浮き彫りになりました。こうしたなかで去年、始まった教職員向けのオンライン講座があります。その名も『学校防災アップデート大作戦!』。震災を経験した2つの学校の事例から、全国の先生たちが学んでいます。なお、VTRの後半に一部、津波の画像があります。

こちらが、去年3月に始まった教職員向けのオンライン講座『学校防災アップデート大作戦!』です。
講座を受講できるのは、全国の「先生」たち。小・中・高校の教職員のほか、幼稚園や保育園など学校関係者であれば、誰でも参加できます。それぞれの学校の防災マニュアルや避難訓練の現状、抱えている悩みなどを話し合い課題を共有します。
講座は一回あたり1時間半で4回に分けて1カ月半、学びます。6月までに全国の178人の先生たちが参加。特徴は東日本大震災で被災した学校の状況をよく知る人から、具体的な実体験を聞けることです。
主催団体の一員で、講座の講師を務める石巻市の佐藤敏郎さん(58)です。7年前まで、宮城県内の中学校で国語を教えていた元教員で、震災発生当時は女川の中学校に勤めていました。

講師 佐藤敏郎さん
「一番下の子はあの時、6年生でもうすぐ卒業。卒業式ではピアノの伴奏者になっていたので一生懸命、練習していました、あの頃は。卒業式は3月18日の予定だったので、残念ながら卒業式は迎えられませんでした」

佐藤さんは震災で当時、石巻市の大川小学校6年生だった次女のみずほさん(当時12)を亡くしました。海から3.7キロ離れた大川小学校。当時、地震発生からおよそ51分後に川を逆流してきた津波に襲われ、児童74人、教職員10人が死亡、または行方不明となりました。

講師 佐藤敏郎さん
「私は教員だから言うわけではないが、子供を救いたくない先生はいない。亡くなった先生も悔しかったはずです。でも、事実として救えなかった命になりました。だから『なぜか?』を絶対考えなければだめ」

先週、大川小学校で、宮城県内の学校の「新任校長研修会」が開かれました。

講師 佐藤敏郎さん
「津波を見た瞬間の先生たちのことを思えば、その後悔を考えてほしい。大川小の教訓とか検証って、それですよ」

これまで、大川小のことを語り伝えてきた佐藤さん。その中には全国の多くの教職員もいましたが、教訓は十分に生かされていないと感じています。

講師 佐藤敏郎さん
「大川小の出来事から何を学ぶか、どういう行動に移すかというのは、まだまだ深まりは足りない。実感として、『学校防災』は一つ間違うと防災担当だけが頑張っている学校もあって、悩みを抱えていたり、防災は大事だと思っている先生は結構多かった。コロナ禍なので、オンラインで何かできないかと学校現場の最前線の先生たちの動きを応援したいなと思った」

講座で、佐藤さんは自分の経験を「本当に命を守れる学校防災」に活かしてほしいと話します。

講師 佐藤敏郎さん(58)
「私も震災前にハザードマップだ、訓練だ、マニュアルだってやっていましたけれども、娘のことを考えたり、顔も名前も一回も思い浮かびませんでした。登場人物に血が通っていなかった。だって怖いですもん。災害で自分や自分の大切な人がいなくなると考えると怖い。だからみんな『ここまでは来ないだろう』『自分は大丈夫』と思ってしまう。机の上で終わる。ハッピーエンドの未来を想定し切る。それが『防災』、『想定』。そのために私達の恐怖、後悔、悲しみ、あの日の命、それが材料になればいい、きっかけになればいい」

講座では、もう一つ、岩手県の釜石東中学校のリアルな事例も紹介されます。海から500mほどのところにあった釜石東中学校は、震災で校舎3階まで津波の被害を受けました。当時、部活動などで学校に残っていた200人余りの生徒と教職員は地震発生直後に避難を開始。隣の鵜住居小学校の児童や地域住民、合わせておよそ600人は最終的に学校からおよそ1.3キロ先の高台まで走り無事でした。釜石東中学校と、大きな被害が出た大川小学校…。2つの事例をともに学ぶ狙いとは…。

佐藤さんとともに、講師を務める糸日谷美奈子さん(44)です。2008年から、釜石東中学校で理科の教員を務め、震災発生当時は生徒たちと高台に避難しました。

講師 糸日谷美奈子さん
「海の方を見ると、大きな砂煙が自分たちの方に向かってどんどん近づいてくるんですね。ベージュのセーターを着ているのが私なんですけど、『先生、何やってんの!?そっちじゃないよ』と声をかけてくれた生徒もいた。パニックでした」

糸日谷さんは震災の2年後に退職し、現在は夫の故郷に近い千葉市で家族と暮らしています。

講師 糸日谷美奈子さん
「料理は苦手です。理科の実験は子供達が驚いてくれるが、ご飯は作っても驚いてくれない」

釜石東中学校は震災前の2009年度から市の防災教育指定校となり、生徒たちは津波について日常的に学んでいたといいます。

講師 糸日谷美奈子さん
「釜石には過去の津波から、『地震から30分で津波が来る』こと。『高さは13~14m』。校舎の3階の天井まで浸水するだろう、と。『津波の速さは陸に到達した時点で時速36キロ』。時速36キロの車と実際に校庭でよーいドン!で競走してみました。全力で何も持たずに走ってみたけれどやっぱり(車に)かなわない。津波は来てから逃げても間に合わないと、体験的に学んでいます。私自身は内陸出身なので津波の知識も全然なかったが、子供達と防災教育を進めていく中で、私自身も知識を身に付けていったので、スタートラインは子供たちと一緒。防災教育というとハードルが高いイメージだが、そうではなくて楽しんでやってもいい」

講座で糸日谷さんが最も伝えたいこと…。それは、震災発生後の「後悔」だといいます。

講師 糸日谷美奈子さん
「避難してきた高台で、子供たちに『点呼をとるから並んで』と声をかけたが、子供たちはそれどころじゃないんですね。自分たちが住んでいる地域が波に流されて、『もうだめだ』と泣き崩れているんです。過呼吸を起こしている生徒もたくさんいるんです。その中で、子供たちにかける言葉は、『早く並んで!』じゃなかったとすごく後悔していた。釜石東中学校では子供たちがたくさん助かっていても、保護者がたくさん亡くなっているんです。防災教育に終わりはない。もっとやっていれば、保護者も助かったのにと思う。私が後悔したことを話すことで、同じ後悔をする人が少なくなるのでは。学校の先生には伝えたい」

仙台放送
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