新型コロナウイルスの感染拡大で懸念されるのが、医療現場の崩壊だ。

しかし一方で、福祉現場の崩壊という、新たな問題が起こっていることはあまり知られていない。4月に入ってからも障がい者の支援施設では、千葉、広島など相次いで集団感染が発生している。福祉崩壊を防ぐための取り組みを取材した。

ソーシャルディスタンスは命に係わる

「なぜ障がい者施設はクラスターを生みやすいか?」
この問いに、フジテレビの「Live News it!」にオンライン出演した女優の東ちづるさんはこう答えた。

「障がい者施設、児童養護施設というのは、近い距離、密接したケアが必要になります。例えば、重い身障者の方は抱き抱えることもあるし、食事や排せつ、喀痰の吸引もあります。知的障がいのある人は『抱っこして』という時もあるし、うがいや歯磨きが難しかったり、どうしてもケアが厚くなることがあるのですね。『ソーシャルディスタンス』を取りたくても、取ると命に係わるのです。このあたりが見えづらいかもしれません」

女優東ちづるさん。一般社団法人Get in touch の代表でもある
女優東ちづるさん。一般社団法人Get in touch の代表でもある
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東さんは一般社団法人Get in touchの代表を務め、障がい者やLGBTの人たち、この社会で生きづらさを感じている人たちの支援を行っている。
「医療崩壊は絶対止めなければいけません。福祉現場の崩壊も止めなければならないのですけど、伝わりにくいのかもしれないですね」

「自分に熱があるよ」と伝えられない

番組には埼玉県白岡市にある障がい者支援施設、「太陽の里」施設長の園部泰由さんもオンラインで出演した。この施設では障がいの重い方が約60名暮らしていて、職員は支援員を含めて90名ほどいる。園部さんは言う。
「365日24時間、障がいのある方が暮らしています。他の障がい者施設でクラスターが出ていて、本当に危機感があります。感染させてしまうんじゃないか、感染してしまうんじゃないかとびくびくしながら仕事をしています」

障がい者施設「太陽の里」施設長の園部泰由さん
障がい者施設「太陽の里」施設長の園部泰由さん

これまでのところ「太陽の里」では感染者は出ていない。しかし園部さんを悩ませているのは、知的障がい者がマスクをつけることを嫌がる場合があることだと言う。
「マスクをつけることができないので、密接に接触する機会が多く濃厚接触になる可能性が高いんじゃないかなと思います。また、『自分に熱があるよ』と伝えられない方がほとんどなので、気付いた時には周りが感染しているとか、濃厚接触していることになる可能性が本当に高いと思っています。あと基礎疾患のある方も多いので、院内感染すると重症化が一気に広がる可能性があります」

家族との面会禁止で不安定に

「太陽の里」のある地域でも、まだ感染者は出ていない。しかし「太陽の里」では、ガウン(薄手のビニール製レインコートのような上着)を1千枚用意したほか、防護服の代わりとして雨合羽を50着程度購入している。

また、感染対策として、家族との面会も原則禁止とした。
「基本的には制限しています。ただ、知的障がいのある方は、家族が来なくなったりすると、どうしても不安定になったりします」

6棟に分かれている施設では、それぞれの玄関に内扉を作り、職員が消毒できるスペースを確保した。「3月上旬から計画して、全部の棟に内扉をつけ消毒して出てこられるようにします。集団感染が一番怖いので、何かあったときにほかの障がいの方が入れないようにしています。内扉のスペースには、加湿器や消毒液、手袋やガウンを用意する予定です」

「#福祉現場にもマスクを」プロジェクト

東さんたちは、福祉の現場にもマスクを届けたいと「マスクプロジェクト」を立ち上げた。
「先週記者会見をしましたが、福祉現場の崩壊を防ぐための、『#福祉現場にもマスクを』という4つの支援団体によるプロジェクトです」

支援団体によるオンライン記者会見
支援団体によるオンライン記者会見

支援団体は一般社団法人障害攻略課、NPO法人D-SHiPS32、株式会社ヘラルボニーと東さんが代表の一般社団法人Get in touchだ。
「私たちのプロジェクトは、マスクを安定的に供給できるルートを確保しました。ただ、購入するためには、お金が必要なんです。お金をどうぞお裾分けしてくださいと寄付を募っています。また、福祉施設の人たちもSOSを発信してほしいんです。自分の地域に施設があることを気付いていない方も多いので」

園部さんの施設の本部にも、東さんたちのマスクが早速届いたそうだ。しかし園部さんは、まだまだ不足しているものがあると言う。

「感染者が出た時、いまのサージカルマスクでは対応出来ません。N95と呼ばれている医療用マスクだったり、医療用の防護服や消毒液も必要です。消毒液はアルコールとジアン塩素水の在庫がありますが、消毒液はいくらあっても困りませんので」

福祉崩壊を起こしてはならない

番組の翌日、園部さんにあらためて話を伺うと、「ぜひこれだけは伝えたい」とこんなことを語ってくれた。
「障がい者施設は病院化していますが、建物が病院化できても看護師の資格を持った人ばかりではありません。また、高度の障がい者は、着替えをさせ、お風呂に入れ、食べさせるだけでは無く、日々共にいないと、外に出て行ってしまったり、窓ガラスを割ってしまったりという方がいるんですよね。ですからぎゅっと抱きしめてあげたり、近くにいることが必要で、そういった方が感染した時のリスクが、ものすごく高いことを皆さんに知って頂けたらと思います」

医療崩壊だけでなく、福祉崩壊も何としても起こしてはならない。

「#福祉現場にもマスクを」プロジェクトのプレスリリースは、こう締めくくられている。

「マスクが必要な現場に届くことも重要ですが、『あらゆる人々が幸福に生きる権利を守る』=福祉という大切な役割が、社会にあることを知ってもらえる機会になることを願っています」

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。