新型コロナウイルスの感染拡大で、私たちの生活、国や企業のかたちは大きく変わろうとしている。これは同時に、これまで放置されてきた東京への一極集中、政治の不透明な意思決定、ペーパレス化の遅れ、学校教育のIT活用の遅れなど、日本社会の様々な課題を浮き彫りにした。

連載企画「Withコロナで変わる国のかたちと新しい日常」の第2回は、Withコロナの米国企業と比較する、日本企業の危機管理とコミュニケーション力の差だ。

「お客様の健康と安全が最優先です」

アメリカで新型コロナウイルス感染者が最も多いニューヨーク州。中でも人口が密集するのがニューヨーク市だが、ロックダウンで街中に人影はほとんどない。

在米歴30年のフリー・ビデオグラファー柏原雅弘さんは、外出もままならないある日、パソコンを開けて1通のメールに気が付いた。

柏原さんは言う。
「いつも大量にジャンクメールが来るし、大企業のメールは宣伝ばかりなので、これまではタイトルだけ見て捨てていました。ただ先月中旬くらいからだと思いますが、単純に『今後もよろしくお願いします』みたいな文面のメールじゃないものが届き始めたのです」

柏原雅弘さん 自宅のベランダで
柏原雅弘さん 自宅のベランダで
この記事の画像(10枚)

柏原さんに届いた通信大手AT&Tからのメールは、顧客に対する料金軽減の通知だった。しかし目に留まった「コロナウイルスに関する私たちの取り組み」というボタンをクリックすると、「従業員とお客様の健康と安全が、私たちにとって最優先です」というメッセージが添えられていた。

その後こうしたメールは他の企業からもくるようになり、柏原さんは「顧客を大切にしていることだけでなく、顧客サービスを通してその企業が社会と今後どう関わりあっていくのかを、書いているものもありました。社会における自分たちの存在意義を、信念をもって示している企業が多いなと感じました」という。

AT&Tより届いたメールにあったメッセージ
AT&Tより届いたメールにあったメッセージ

「乗らないでくれてありがとう」「勇気は美しい」

こうした企業の姿勢は、テレビCMにも表れている。

配車アプリのウーバーのCMには、外出禁止の中、家で暮らすさまざまな人々の姿を映し出す。アパートの屋上で食事をする親子、オンラインで連絡を取り合う父と子、窓から外を見る妊婦、部屋の中で抱き合うカップル、窓越しに手を触れ合う老人。誰もが孤立感を感じながらも、それを乗り越え、生きていこうとしているように見える。

ウーバーのテレビCMより
ウーバーのテレビCMより

そしてCMの最後には、「乗らないでくれてありがとう」というメッセージが送られる。ウーバーは人々が外出し、車に乗るからこそビジネスが成り立つ企業である。しかしあえて逆のメッセージを社会に送ることで、利己を超えた社会への感謝の気持ちと願いがこのCMには含まれている。

ウーバーのテレビCMに流れるメッセージ「乗らないでくれてありがとう」
ウーバーのテレビCMに流れるメッセージ「乗らないでくれてありがとう」

ユニリーバのパーソナル・ケアブランドの「ダヴ(Dove)」のCMに、次々と現れるのは医療従事者たちの顔だ。医療現場の第一線で働く看護士や医師の顔には、医療用マスクやゴーグルを長時間つけていた痕やあざがくっきり残っている。

ある者はまっすぐカメラを直視し、ある者は虚ろな眼差しでこちらを見つめ、ある者は軽くはにかんで見える。

最後に映し出された医療従事者の顔には、「勇気は美しい(Courage is beautiful)」という、ダヴからのメッセージが浮かぶ。「Beautiful」という、本来なら美を讃える言葉を、コロナに感染する恐怖と闘いながら、多くの患者を救うため奮闘する医療従事者の勇気に捧げているのだ。

そしてDove のCMは、「感謝のしるしとして、第一線で働く医療従事者のために寄付をしています」と、企業として感謝と支援の取り組みの表明で締めくくられる。

DoveのテレビCMより。「勇気は美しい」のメッセージが浮かぶ。
DoveのテレビCMより。「勇気は美しい」のメッセージが浮かぶ。

コロナでテレビCMはあっという間に変わった

在ニューヨーク20年、米国企業で戦略コミュニケーションや危機管理を担当し、現在はアマゾンウェブサービスに勤務するコミュニケーション・スペシャリストのピネダさくらさんは、ロックダウンで在宅勤務をする合間にこうしたCMを観ていた。

ピネダさんは言う。

「在宅命令が出てから、いつも出ているテレビコマーシャルもあっという間にCOVID-19(コロナ)向けのメッセージに切り替わりました。例えばウーバーは、企業ミッションとは真逆なことをコピーにして、在宅する人々をサポートしています。いつもユニークな広告で有名なDoveですが、医療現場の第一線で働く人たちへ感謝を込めたCMを、早いタイミングでリリースしました。こういったアメリカの企業の対応の早さ、機動力は圧巻ですね」

ではなぜ米国企業は、こうした「有事」の際に迅速な広報活動や顧客とのコミュニケーションが可能なのか?

ピネダさんは前職で、「Fortune100」=グローバルトップ企業100社の戦略コミュニケーションや危機管理を担当していた。

ピネダさくらさん。子どもの保育園も閉鎖された。
ピネダさくらさん。子どもの保育園も閉鎖された。

「グローバルな大企業の幹部が、コミュニケーションに費やす時間と金額には本当に驚きました。例えば株主への手紙とか、社員との集会の台本など、大切だと思われるコミュニケーションには、幹部、弁護士らがチームをつくり、一字一句時間をかけて精査します。大企業では危機管理として、有事にすぐ対応できるような組織や、メッセージの送り方、コミュニケーションのシナリオなどを常に準備しています」

いま米国企業が顧客に対して、「私たちはあなたや社会に寄り添っている」というメッセージを送ることが出来るのは、企業のトップが顧客コミュニケーションの重要さを理解し、非常時に備えて戦略的なコミュニケーションプランがあったからだ。

ピネダさんは言う。
「アメリカはCOVID-19で世界でも最悪の状況となっています。いま多くのアメリカ人が長期間の在宅勤務を余儀なくされ、これまでに無い危機感とストレスを感じています。経済的なダメージはまだはっきりしませんが、過去にない打撃となることは間違いないです。アメリカの企業が生き残りをかけてコミュニケーションしていると言っても、言い過ぎではないと思います」

米国企業は社会貢献の取り組みを表明する

ビール大手のバドワイザーのCMは印象的だ。

人のいないスタジアム、車の走らない街中。そしてバドワイザーがスポンサードする大リーグとNBAのチーム名を読み上げるナレーションとともに、医療従事者、赤十字で働く人々、教師、家の中で自転車の練習をするアスリート、兵隊、ベランダでサックスを吹くミュージシャン、研究者、配達員、駅員、警官とみられる人々の姿が次々と映し出される。

呟くように響くチーム名は、ウォリアーズ(戦士)であり、ジャイアンツ(巨人)であり、ブレイブス(勇者)であり、エンジェルス(天使)だ。

バドワイザーのテレビCMより。
バドワイザーのテレビCMより。

そして夜空と窓明かりの灯る街並みに、「いま、私たちは1つのチームだ(This season, we’re all One Team)」の文字が浮かび、最後に「バドワイザーはスポーツへの投資を第一線で闘うヒーローたちにシフトしています。赤十字の献血活動のためにスタジアムを開放しています」と表明している。

バドワイザーのテレビCMは「いま、私たちは1つのチームだ」の文字が浮かぶ。
バドワイザーのテレビCMは「いま、私たちは1つのチームだ」の文字が浮かぶ。

前述のダヴもそうであったが、バドワイザーのCMも、寄付など企業としての社会貢献の表明で締めくくられている。

これは寄付文化の無い日本人にとっては珍しさを覚えるが、寄付が普及している米国では違和感なく受け入れられる。前述の柏原さんは言う。

「アメリカでは企業が儲けたお金は社会からいただいたお金であり、感謝の気持ちをもって社会に還元しなくてはならないという文化があります。節税対策と言われればそれまでですが、それにしても寄付の件数や金額は驚くほどです」

社会問題への立場を明確にする米国企業

日本社会において、企業が政治や社会問題に関して、メディアなどを通じ積極的に立場や考え方を表明することはタブーである。

それはかつての米国でも同じであった。80年代からのべ10年アメリカに住んでいた筆者も、企業が社会問題について積極的にメッセージを送ったのを見たのは、9.11の時くらいしか記憶にない。

しかし近年の米国企業は、社会に対して積極的にメッセージを送るようになった。その理由の1つがトランプ大統領の登場だ。

「トランプ大統領になって、アメリカではビジネスと政治の境界線がますますグレーになっています。大統領が企業を名指ししてツイッターで批判したり、M&Aなどのビジネスに政府が踏み込んだ政策をとるようになったことで、企業側も政治を意識したコミュニケーションが不可欠になっているのです」(ピネダさん)

バドワイザーのテレビCMより
バドワイザーのテレビCMより

さらにSNSの普及がこの動きを加速した。アメリカでは昔から国論を二分するような問題がある。たとえば移民や中絶、環境、銃規制、人種差別だが、トランプ以降、社会の分断がさらに加速している。こうした流れの中で、企業はいまあらゆる社会問題に対してどのような立場を取るのか、明らかにすることを社会から常に求められるようになった。

「『あの会社のCEOはゲイ差別発言をしたから、もう商品を買わない』『あの化粧品は動物を使った実験をしているから、抗議活動に行こう』など、いま誰もがSNSを通じて社会に発信できるようになりました。企業の信用は売り上げの数字や、製品の良し悪しだけではなく、企業の持つ価値観が消費者に合ったものかどうかを見極める時代になりましたね」(ピネダさん)

Withコロナで問われる日本企業のコミュニケーション力

ではこうした変化に対して、日本企業はどうなのだろう。

企業が従業員の不適切な行動や発言で、社会問題に対する姿勢を表明せざるをえないことはある。しかし、Withコロナの米国企業のように、社会に対して積極的に自らの姿勢や取り組みを表明するのはほとんど見られない。

「アメリカの企業は大きくなるほど、『社会に育ててもらった』という意識が強いように思えます」と、柏原さんは言う。
「こういう時でも顧客に寄り添っているという姿勢が見えると、たとえ宣伝だとわかっていても、収束した後もその企業のことが気になります。日本の場合は、知名度がある企業でもこうしたことはしないのですかね?」

Withコロナの米国では、国や国民と同様、企業もコロナと闘う姿勢を見せる。また企業は、コロナと闘う人々を支援し応援する。

企業のコミュニケーションやメッセージのありかたが、Withコロナの時代に日本の企業にも問われている。

【関連記事:コロナショックで疲弊する現場を追い詰める「紙・ハンコ文化」その終焉と電子契約社会の到来

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。