学研プラス(Gakken)が生み出す、数々の個性的で魅力的な商品・サービス。その背景にあるのはクリエイターたちの情熱だ。学研プラス公式ブログでは、ヒットメーカーたちのモノづくりに挑む姿を、「インサイド・ストーリー」として紹介しています。今回は、『学研の図鑑LIVE』シリーズの中でも異色のカテゴリーである、危険生物の編集を担った西川寛です。


 学研は、2012年出版の『ニューワイド学研の図鑑シリーズ』で、危険生物に着目した図鑑を初めて制作し、新しい図鑑のジャンルを開拓した先駆者である。

 以降、各社の図鑑にも『危険生物』が登場し、今では人気カテゴリーとして定着している。競争が激化している中で、『学研の図鑑LIVE 危険生物』のリニューアルに、西川は挑んだ。その道のりの一端を紹介しよう。

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■「危険」=生き物が生き残るための工夫。進化の結晶を伝えたい。

 今や図鑑以外の一般書籍でも、多彩なラインナップが揃う『危険生物』というテーマは、どこか人の心をくすぐる面白さをもっている。こわいもの見たさとでもいおうか。人気を博した『学研の図鑑LIVE 危険生物』初版の出版から8年。今夏、この人気図鑑が改訂されることになり、期待が高まっている。

 編集を任された西川寛は、さぞかし意気込んで臨んだのだろうと思いきや、その逆で、かなり頭を悩ませていた。

「わたしは、危険生物はそもそも図鑑として難しいテーマだと感じていました。図鑑とは、何かを分類して体系化していくものです。生物なら、まず『動物』や『昆虫』、『植物』などの図鑑に振り分け、各図鑑の中で共通点により細かくグループ分けしていった末に、○○目の〇〇科の○○、と1種ずつ紹介します。

 危険生物は生物学的な分類ではなく、人間の主観で“危険”と感じた生き物の総称です。危険か危険でないかの線引きが曖昧なうえ、動物もいれば、昆虫も植物も含まれるわけです。ばらばらな要素を貫く共通性を見出せず、リニューアルの方針がなかなかまとまりませんでした」

 確固たる定義のない、危険生物という特殊なテーマにどう向き合うか。そして各社が出している図鑑と差別化を図るには、個性や特徴をどう出していくべきか、悩んでいたのだ。そんなとき西川は、ある人物の言葉を思い出した。


「旧版に続いて新版も、動物学者の今泉忠明先生に総監修をお願いしたのですが、以前、先生とお話ししたときに『たいていの生き物は人間を食べてやろう、襲いかかって痛い目にあわせてやろう、などとは思っていません』と言われたことを思い出したんです。生き物たちはいかに簡単に獲物を捕まえられるか、いかに目立たないように隠れられるかで、自分の運命が決まる。楽に獲物をとれたほうが長生きで、たくさんの子孫を残すことができる。それで牙や角、毒などのさまざまな武器が発達したのだ、と。この言葉が新版の方向性を定めるヒントになりました」

 西川が導き出したのは、“生き物の立場に立って解説する”スタイルだった。他社の図鑑は「こんなに危険だぞ!」「すごく怖いぞ!」と、いわば“人間目線”での誌面づくりが目立つ。それに対し、“生き物目線”の誌面づくりを新版の方針に打ち立てたのだ。

「危険生物の武器は、厳しい生存競争に勝ち残った生き物の進化の結晶です。そこをきちんと説明すべきだと思いました」

■危険生物を間近で撮影する! ハプニングもありで危険を体感。

 西川の頭にまっ先に浮かんだのは、初版にもある“本当の大きさです”のコーナーだった。これをパワーアップすれば、新版の特長のひとつになると直感した。

 危険生物の武器、例えば、ワニの歯やサイの角、ダチョウのあしなどの写真を、実物大で掲載する。「この歯で噛まれたら、どれだけ痛いだろう」「このあしで蹴られたら、すごく痛そうだなあ」と読者も想像がつくだろう。さらに実物大だからこそよく分かる、武器のしくみを解説することで、説得力のある生き物目線のページになるのではないか。

 西川は、2008年出版の『ほんとのおおきさ動物園』という写真図鑑を編集している。同書は、動物の顔やからだを実物大の写真で見せる大迫力の図鑑。実際の大きさがわかるだけでなく、皮ふや毛の質感まで手にとるように伝わり、まるで動物が目の前にいるような感覚を味わうことができる。国内だけでなく、英語版をはじめ9言語に翻訳され、世界中の子どもたちに愛されているロングセラー商品だ。西川は、この本づくりでの経験を、新版の“本当の大きさです”ページに生かすべく、動き出した。

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 まず、実物大の写真を撮り下ろすため、西川は取材先に趣旨を説明し協力を求めた。快諾を得ると、次に撮影の段取りや最適なアングルなどを、できるだけ細かく打ち合わせする。準備を整えてカメラマンとともに、静岡県にある動物園iZoo(イズー)や富士サファリパーク、愛知県の名古屋港水族館、埼玉県のだちょう牧場など、さまざまな施設へ足を運んだ。人間の思い通りに動いてはくれない生き物を、至近距離で撮るのは至難のわざだ。それは重々心得ているつもり。しかし、今回の相手は、危険生物ばかりだ。

「全長5メートルもあるイリエワニのオスを撮影したときのことです。ワニが展示されている建物は、ふだんはプールに水が張ってあり、ワニは水中にいるんですね。撮影の際は、特別に水を抜いてもらい、カメラマンさんには、ほぼ腹ばいになってカメラを構えてもらいました。そして飼育員さんに、ワニが口を開けるように誘導してもらいました」

 巨大なワニとカメラマンとの距離は数メートル。数人の飼育員さんが立ち会ってくれているが、西川やカメラマンには、その距離が、ワニが受け入れてくれるセーフティゾーンなのかどうか分からない。撮影現場にはただならぬ緊張感が漂っていた。

 みんなが見守るなか、無事に口を開けたところを撮れた。が、必要な写真はまだある。“本当の大きさです”のページには、その生き物の全身写真も掲載したい。続いて全身を撮ろうという時に、ちょっとしたハプニングが。


「パートナーのメスが、オスにぴったりくっついてしまったんです。飼育員さんがメスをデッキブラシでつついて、引き離そうとしてくれました。その間、カメラマンさんは一瞬をのがすまいとシャッターに手をかけて、じっと待っています。わたしは、メスのワニが怒っておそってくるんじゃないかと、ハラハラし通しでした」

 つくづく生き物は、人間の思うままにはならないものだ。メスはどうしてもオスから離れてくれなかった。ワニの全身写真は、オスとメスが一緒に写っているショットを掲載することにしたのだった。

 制作の最終段階では、各施設に出力した実物大写真を送り、撮影した生き物と比べて大きさが合っているかどうかを確認してもらった。ダチョウは牧場を再訪し、西川自身が大きさをチェックしたのだが、ここでもハプニングが…。


「ダチョウを撮影したのは前年の秋で、当時は比較的落ち着いているオスだなという印象でした。正直なところ、大きいけど危険とまでは感じなかったんです。大きさのチェックに行ったのは、およそ半年後の春。再会したとき、あれっ? なんか体が赤いな、とは思ったんですよね。出力した写真を広げて見比べようとしたら、ダチョウがどんどん近づいてきて…、気がついたら蹴り上げられる寸前でした。ものすごい迫力だった」

 幸いにも大事には至らなかったが、やはり相手は危険生物。油断は厳禁なのだ。

「よくよく考えると、体が赤かったのは繁殖期だったから。ただでさえ気が立っているのに、刺激してしまった。そうしたことも、このページでしっかり説明してるんですけどね。その時は、大きさのことばかり気にしていたので…。ヒヤリとしました」

 編集者自らが、まさしく危険を体感しながら、必死の思いで手に入れた実物大の写真。その写真を最大限に生かしクオリティの高いページに仕上げるため、『ほんとのおおきさ動物園』の制作に関わったライターやデザイナーに声をかけ、約10年ぶりに集まってもらった。世界をアッと言わせた美しいビジュアルと、実物大で初めてわかる緻密な情報が、このページで再現されたのである。

■日本を代表する動物学者の「動物の視点」で監修された図鑑


 そんな西川にとって、総監修である今泉忠明氏は、生き物の世界の水先案内人のような存在だった。

 西川と今泉氏との出会いは30年近く前、他社で幼児向け月刊絵本の編集をしていた時代にさかのぼる。やがて学研に転職した西川は、今泉氏との接点が増え、親交を深めていった。動物図鑑製作の基本を、仕事をしながら、ときには打ち合わせ後に酒席で語らいながら、教えてもらったのだという。

「監修者というと、でき上がった図鑑の内容に、間違いないとお墨つきをくださる方、というイメージを持つ人もいるかもしれません。ですが、今泉先生はその対極にいるような監修者だと思います。企画段階から最終確認まで、内容に関して濃密に関わっていただいた本がいくつかあります」


 特に、2007年出版の絵本図鑑『にたものずかん どっちがどっち!?』は、今泉氏に約1年間月1回のペースで、誌面で紹介する動物の勉強会を開催してもらった。勉強会には、イラストレーターやライター、デザイナーも毎回出席して一丸となって作り上げたのである。タヌキとアライグマ、アシカとアザラシなど、動物の似た者同士を徹底比較し、見分けるポイントを示した同書は、国語の教科書でも紹介され、こちらもロングセラー商品となっている。

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 西川は今泉氏を、図鑑作りの師匠であり、一緒に本を作りあげていく同志でもあると語る。

「今泉先生は、当社以外でも広く動物関連の書籍や図鑑で監修をされているし、ご著書も多い。いわば大先生ですが、どこの学会にも属していないし、学校で教鞭をとっておられるわけでもない。アカデミックな肩書があるから監修を依頼される、というタイプの研究者ではないのです。

 では、なぜ多くの方々が今泉先生に監修をお願いするのか。それは、先生が人間の目線ではなく、動物の目線で語ってくださるからだと思うんです。動物と目線を合わせられるのは、真摯に動物と向き合っているからにほかなりません。動物をわかりたいという情熱があるからこそ、単なる情報にとどまらない、独自性や柔軟性あふれる温かでユニークな解釈になる。しかも子ども向けならば、読者に合わせて平易な表現で説いてくださる。

 わたしは、今泉先生には、これからも学研の動物図鑑の監修者として、ずっと携わっていただきたいと思っています」

■子どもたちに多くの選択肢を。編集者西川が本にこめた思い


 西川は大学を卒業後、児童書出版社に就職した。ただし、最初から出版業界を目指して就職活動をしたわけではなかった

「大学での専攻は演劇でした。どちらかというと、わたしを含めて周りには、エンタメ志向というか、テレビや映画といった方向を目指す学生が多かったです。そんななか、就活時期にたまたま大学の近くで、児童書出版社の看板を目にして。子ども向けの仕事って自分に合ってるかもな、とふと思ったのがきっかけですね」

 街で見かけたその出版社を、まずは会社訪問という形で訪ね、それからとんとん拍子で就職が決まった。既知の情報や周囲の言動にとらわれない、西川の行動力が開いた児童書編集者の扉だった。

 その後、30代で学研に入社した。

 それから十数年、児童書部門ではベテランの編集者ともなった西川は、いまどんな思いで本を編んでいるのだろう?

「子どもたちには、いろんなことを知るきっかけになる“選択肢”を提供したい、と思っています」

 西川が明瞭にそう感じたのは、ある動物関連の本がベストセラーになったときだった。その本に類似した本が次から次に出版され、書店に平積みされた時期があった。

「書店の様子を目の当たりにして、画一的な視点や価値観を押しつけられているように感じました。自分も動物の本はたくさん作ってきましたが、ひょっとすると、本が子どもたちの選択肢を狭めてしまうこともあるのではないか、と危機感を覚えました」

 その後に西川が企画したのが、2018年出版の『めくって学べる きかいのしくみ図鑑』だった。同書は、冷蔵庫や水洗トイレ、自動販売機やエスカレーターなど身近な機械のしくみを、しかけイラストを使って解説する幼児向け図鑑だ。西川自身は、決して機械関連に精通しているわけでない。むしろ苦手だ。だが、編集者の好みや得意、世間のブームなどは関係なく、なにより子どもたちの好奇心の入口となる選択肢の幅を広げたい! という一心で送り出した1冊だった。

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「たとえ自分が苦手なジャンルであっても、『これが今の時代の子どもたちに必要では?』と思ったら、企画を考えてみます。そして、売れる本として成立させる。それが、児童書編集者に課せられている仕事だと思っています」

■“ひとの気持ちに寄り添える人間”になってほしい


 生き物の本を作るとき、西川は少しばかり願いをこめている。

「自分が手がけた本や図鑑を読んだ子どもたちに、“ひとの気持ちに寄り添える人間”になってもらえたらうれしいです。そんなふうに願っています。

 地球上には多様な生き物が存在し、それぞれ役割があって世の中は成り立っています。自分以外の人、それに人間以外の生き物の存在を理解し、思いやりながら関わっていくことができれば、必ずみんながくらしやすい社会になる。このことを子どもたちにしっかりと伝えたい――。生き物の本を作る者の使命だと考えています」

 それを意識するようになったのは、ずいぶん前に、未成年者が動物を虐待し殺めてしまった事件を知ってからだ。悲しさとともに、命の尊さをどう知ってもらうかを、編集者の自分に問い続けてきた。

「心の痛むニュースもありますが、こんなこともありました。2008年に上野動物園のジャイアントパンダのリンリンが亡くなったとき、パンダ舎の前に弔問台が設置されました。そこで見かけたのは、やんちゃな風貌の中学生くらいの子が、弔問台に向かい静かに手を合わせている姿でした。

 ああ、この子は幼い頃、家族と一緒にリンリンを見に来たんだな。その時の思い出が、心の中にちゃんと残っているんだろうな、と思いました。こういう子は絶対に悪い人間にはならないはず。動物を好きでいてくれる子はきっと…。

 ですから、わたしが生き物の本を作るときは、生き物にもっともっと興味を持ってもらって、ずっとずっと好きでいてほしい、という素朴な願いをこめています。今回の『危険生物 新版』で、危険生物の武器をしっかり解説したのは、そういう思いもあるんです」

 生き物に敬意をもって取り組んだ『学研の図鑑LIVE 危険生物 新版』は、2022年6月に発売される。同じ地球上で、懸命に生きている生き物のリアルな姿を、子どもたちに発見してもらえたら、きっとその図鑑が森羅万象を探索する地図となるはずだ。

(取材・文=河原塚 英信 撮影=多田 悟 編集=櫻井 奈緒子)

クリエーター・プロフィール

西川 寛(にしかわ・ひろし)


 福井県出身。明治大学文学部卒。卒業後、児童書出版社勤務を経て、2005年、学習研究社(現・学研ホールディングス)に入社。教育図書編集室(現在の図鑑・科学編集室)、幼児図鑑編集室を経て、現在図鑑・科学編集室図鑑チーム編集長を務める。




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