ソニーの平井社長は好業績の状態で会長職へと退き、副社長兼CFOである吉田憲一郎氏へ次のバトンを渡した。
平井氏は低迷していたソニーをどのように復活させたのか、ジャーナリストの須田慎一郎さんと振り返る。

(聞き手:ニッポン放送『あさラジ!』高嶋ひでたけ)

海外ではエンタメとして有名

高嶋:
ソニーが復活しました。57歳の平井一夫社長兼CEOが、最高財務責任者をやっていた1つ年上の吉田憲一郎さんを社長にするそうです。ソニーは今年度、最高益だそうですね。

須田:
その意味では、「復活しつつある」と言っていいと思います。
もともと「ソニー」と言うと、エンターテインメントと、エレキ(エレクトロニクス)の分野、実際にかつてはICレコーダーやパソコン、テレビなどエレクトロニクス部門が中心でした。

日本では「ウォークマン」の成功体験が大きいものですから、私たちの頭の中では「エレクトロニクスのソニー」という印象が強いと思います。

高嶋:
本当ですよ。テレビもパソコンもソニーでした。

須田:
ただ、世界では「スパイダーマンの会社だね」と言われるように、映画部門等のエンターテインメントの方が有名です。

そもそも、平井さんはエンタメ出身。エレクトロニクスに関してはほとんど未経験だった。その中で、経営を立て直すためにエレクトロニクス部門をどんどんリストラしていった、というのが実態です。

パソコン(VAIO)も売却したし、犬型ロボットのAIBO(現・aibo)も生産中止しました。

地道な戦略が功を奏した

高嶋:
aiboはこの間復活しましたが、12年間発売中止していましたね。

須田:
そうした点で言うと、平井さんは「エレクトロニクスをまったく分かっていないから、ソニーを解体しようとしているのでは」みたいな言われ方をしたのですが、やっていたことには2つのポイントがあります。

まず、「選択と集中」です。

高音質オーディオ「ハイレゾ」のように、ソニーは量より質を追求し、こうしたハイレゾに経営資源を集中してきた。

高嶋:
これは売れました?

須田:
売れました。そして、技術者を鼓舞するためにAIを搭載してaiboを復活させたりした。

もう1つ、マスコミには登場しませんが、私が大きく注目しているところがあります。それは、金融部門」です。

2002年にソニー銀行を設立し、生命保険を作りました。実はこれも、収益に対する寄与度がけっこうありました。金融は「売れるか売れないか」ではなく、一定程度の安定軌道に乗ると、毎年決まったような収益を出すことができます。これで収益基盤を安定させたのではないかな、と。

当初は、やはり軌道が安定するまでけっこう長い期間がありましたからね。「何故、金融部門をやっているんだ」というのも、批判の対象でした。

高嶋:
端から見ていると、「本業で良いのが出ないので、苦し紛れ」みたいな感じで見ている人も多かったですよね。

須田:
この最高益の最大のベースの部分を金融で支え、新商品を開発し、それが消費者に受け入れられることによって、さらに収益を高めていく……言ってみれば、そんなにビックリする手法ではない、地道な戦略が功を奏しつつあるのでは、と思います。

高嶋:
つまり平井社長は、「中興の祖」。そんな感じですか?

須田:
まだそれを言うのは早すぎますが、10年経って振り返ってみると、当時は僕も「あいつはエレキを分かっていない」と批判したのですが、どうもやってきたことを考えると、上手くいったのではないかと思いますね。

私も反省して、考えを改めなければいけない。

良いタイミングでバトンタッチ

高嶋:
CBS・ソニーレコード社長や会長をやった大賀典雄さんが、ソニー社長になって、その後、いまでも論客としてたまにテレビにも出る、有名な井出伸之さんがお見えになって。その後、外国からストリンガーさんを呼んだ。

須田:
この方が、バッサリとリストラをやりました。評判の悪い方でしたね。それで、周囲が焼け野原になったときに登場したのが平井さんでした。

高嶋:
リーマンショックで1万5,000人の削減を発表し、火の車になってしまったわけです。では、平井さんがいちばん良いタイミングでお辞めになるのですね。

須田:
そうした意味では、トップとして、きれいな辞め方ですよね。いい時期に、後陣にバトンタッチした。

高嶋:
吉田さんの技量は、どんな評価ですか?

須田:
財務畑の人です。これもやはり、ソニーのトップとして異色の存在ではないかと思います。

高嶋:
かつての電機メーカーは、それぞれ違う生き方をしていますね。


(2/5 FM93AM1242ニッポン放送『高嶋ひでたけのあさラジ!』より)
 http://www.1242.com/lf/articles/program/asa/