4月10日、2020年東京オリンピックの聖火リレー調査会議で、大会組織委員会の森会長が「聖火リレーに先立ち聖火を『復興の火』として被災地の皆さんにご覧いただきたい」と述べた。

森会長
この記事の画像(8枚)

聖火リレーを復興の象徴にするためリレー本番前としては異例となる「聖火の展示」を東日本大震災の被災3県で行う方針を決めた。

一方で、聖火リレー本番のルートや走者の選定方法は発表されなかった。

スタート地点は被災地や沖縄が候補

そこで、めざましテレビでは54年前の東京オリンピックの聖火リレーから2020年を予測。

まずは「聖火リレー」のスタート地点

「被災地」や「沖縄」などが候補にあがっているというが、五輪を多く取材する産経新聞の佐野慎輔記者は「1964年の時の継承という意味で沖縄ですね」と予想。

1964年に行われた東京オリンピックのスタート地点は沖縄。

沖縄県公文書館所蔵

当時の沖縄はアメリカの占領下で自由に日本の国旗を掲げることも禁じられていたが、その時の様子をとらえた写真には国旗を振って聖火ランナーを応援する子供たちの姿がおさめれている。

沖縄県公文書館所蔵

当時22歳で聖火ランナーの第一走者を務めた宮城勇(75)さんは、「後にも先にもあれだけの人が沿道に集まり、あれだけの日の丸が沖縄で振られたというのはないんじゃないでしょうか。やはり自分も日本人なんだと強く実感し、無上の喜びを感じましたね」と当時を振り返った。

2020年は1本の聖火を効率よく回せるか

次は「ルート」

現在、判明しているのは各都道府県の日数配分のみで、開催都市の東京は15日、東日本大震災の被災3県と競技会場が複数ある4県は3日、残る道府県が2日とする事にしている。

1964年のルートは、沖縄からスタートして鹿児島、宮崎、北海道などに聖火が分かれ、最終的には4つのルートを使って東京まで聖火を運んだ。

これに対して2020年のルートについて産経新聞社の佐野記者は「2020年は聖火を分けられません。国際オリンピック委員会が、そういう決まりにした。1本の聖火をいかに効率よく回せるかという事ですね」と話す。

あなたにもチャンスがあるかも!?

そして、「聖火ランナーの選定方法」

実は1964年の東京オリンピックは各都道府県の自治体が一般の人を選出し、1998年の長野オリンピックでは一般公募も採用していることから、今回も一般の人にチャンスがあるかもしれないという。

中学1年生の時に神奈川県の聖火ランナーを務めた露木重雄さんは、「小学生の頃のマラソン大会で2番とかになってそういうのがあったんじゃないかな。私は運動だけでした。他は投てきの選手や走る専門じゃない人も選ばれていました」と運動神経の良さが選ばれた理由だと語る。

また、孫に聖火ランナーの話をしたことがあるといい「広報誌にのった時に『えっ!じいじこれ?』と、さすがにビックリしていました。じいじはすごいな、すごかったんだねっていうのは言われますね」と笑顔を見せた。

さらに、露木さんは「中学3年の時には陸上部のキャプテンを任された」と話し、宮城さんも「聖火リレーのことも大学に講師として迎え入れられたひとつの理由になったかもしれない」と、聖火ランナーに選ばれたことでメリットがあったという。

2020年の最終聖火ランナーは誰になってほしい?

最後は選ばれる基準が気になる「最終聖火ランナー」の選定

1964年の時は当時、早稲田大学の陸上部だった坂井義則さん、1998年の長野五輪では元フィギュアスケーターの伊藤みどりさんが選ばれた。

産経新聞の佐野記者は「坂井さんは生まれが広島県三次市で、誕生日は1945年8月6日。原爆が落とされた後に生まれた方だったということで、平和への願いが1つありました。伊藤みどりさんは、当時フィギュアスケートで日本で唯一のメダリストだった」と、平和へのメッセージや日本のスポーツ界の象徴が選ばれる基準だったという。

そこで、「誰が2020年の最終聖火ランナーになってほしいか」を街の人に調査。

その結果、日本のプリンスを世界に知らしめたいということで羽生結弦選手が1位、今を時めく大谷翔平選手が2位、そして「ある意味、平和の象徴!」という理由で、3位が明石家さんまさんだった。

(「めざましテレビ」4月11日放送分より)

組織委・森会長会見(映像)