「減収世帯へ30万円」から一転「すべての国民へ10万円」なぜ急転

4月16日夜、安倍首相は首相官邸で行われた新型コロナウイルス対策会議の場で、特措法に基づく緊急事態宣言の対象区域をこれまでの7都府県から全国に拡大すると発表した。そしてそれに伴う緊急経済対策として次のように述べた。

「全国すべての国民の皆様を対象に、一律1人あたり10万円の給付を行う方向で、与党において再検討を行っていただくことと致します」

すべての国民に10万円ずつ現金を配るというのだ。しかし、経済対策としての現金給付に関しては、『収入が減少した世帯を対象とした30万円の現金給付』が既に7日に閣議決定され、実行に向けた補正予算案の編成が大詰めを迎えていた。「減収世帯」から「すべての国民」への対象変更。緊急経済対策の最大の目玉とも言える現金給付をめぐるこの大転換の陰で、いったい何が起きていたのか。舞台裏では安倍首相、自民党の二階幹事長、岸田政調会長、そして山口代表率いる公明党との間での凄まじい暗闘が繰り広げられていた。

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発端は自民党・二階幹事長の「一律10万円現金給付」発言

すべての発端は、一律10万円の給付表明の2日前、14日の午後5時半頃に遡る。自民党の二階幹事長が緊急記者会見を開き、冒頭に次のように切り出した。

「経済対策では、一律10万円の現金給付を求める等の切実な声があります。できることは速やかに実行に移せるように、自民党としての責任を果たしてまいりたい」

政府が目指す「一世帯30万円の現金給付」の後に、さらに「一律10万円の現金給付」が必要だと突然ぶち上げたのだ。二階氏は、その理由を、新型コロナウイルス感染症が日本経済や家計に大きな打撃を与えている現状をあげた上で、「国民に安心の気持ちを持ってもらうため」だと強調した。

この背景について政府関係者は、「自民党の若手を中心に、一世帯30万円の給付の仕方に不満がたまっていた」と説明しており、政府内でも「一律給付の方がスッキリして早い」と呼応する声もあるとした。さらに、自民党関係者も「これで党の存在感を示すことが出来る」とのその狙いを語った。

しかしこの発言は、「見切り発車だ」との指摘も聞かれた。党内から「聞いていない」「補正予算が成立する前に、追加の現金給付の話を持ち出すと混乱する」などと懸念の声も噴出した。また実際に経済対策を担う官邸関係者に話を聞いても「二階幹事長の提案は報道で知った、何もわからない」と漏らしていた。まさに二階氏の独断だったようだ。

そして、この二階氏の発言に大きな衝撃を受けたのが公明党だった。

怒り心頭の公明党…“蚊帳の外”からの逆襲

実は、現金給付を巡っては、公明党はすでに3月の時点で、生活に困っている人などを念頭に「国民一人あたり10万円の現金給付」を提言していたのだ。しかし、今月3日、自民党の岸田政調会長と安倍首相との会談で「収入が減少した世帯を対象とした30万円の現金給付」が一気に決まった。

しかも、当日朝に支給額は1世帯20万円との情報が流れた中で、1世帯30万円に増額した形となったこの決定について、ある幹部は「総理は岸田さんに花を持たせたかったのだろう」と、安倍首相が後継候補として考えている岸田氏の見せ場を作る演出だとの見方を示した。

一方で、主張が退けられる格好となった公明党には動揺が走った。党内からは「給付の基準がわかりづらい」「国民の期待に応えられていない」などの異論が噴出。それに加えて、一部の幹部からは「与党なのに意思決定のプロセスに関われていない」「公明党は蚊帳の外だ」などと、党の存在感を示せていないことについて執行部への不満の声が聞かれた。

それでも何とか与党としての足並みを揃えるべく、「一世帯30万円の現金給付」で党内をまとめた矢先の二階氏の10万円支給発言だった。

公明党内では「一律10万円の現金給付は公明党が先に主張していたことだ」として、一気に不満が爆発した。公明党にしてみれば、自民党によって諦めさせられた自分たちの提案を、今度は自民党が自らの手柄にしようとしたと映っても仕方がない状況であり、支持者の不満を抑えるためにも一人10万円給付を自らの手で直ちに実現する必要性に迫られた。

山口代表が直談判、一律10万円支給を要求

翌15日午前、山口代表は急きょ首相官邸を訪れ、安倍首相との与党党首会談を行った。そして会談終了後、次のように述べ「一律10万円の現金給付」を安倍首相に迫ったことを明かした。

「先が見通せず困っている状況に、連帯のメッセージをしっかり伝えるべきだ」

これに対して安倍首相も「方向性を持って検討する」と一定の理解を示したという。山口氏は「総理に決断を促した。総理には積極的に受け止めて頂いたものと理解している」と強調し、一律10万円の現金給付実現への手ごたえを語った。

加えて、前日の二階発言について問われた山口氏は、「二階さんがどういう意図でお話になったのか伺っていない。公明党は独自に今日、総理に要望した」とあくまで公明党独自の提言であるとし、二階氏の発言は全くの別物だと強調してみせた。

与党決裂!?の声も…岸田氏肝いり「減収世帯に30万円」撤回巡る自民・公明の攻防

この会談を受けて午後4時、自民・公明両党の幹事長、政調会長が出席しての緊急会合が国会内で開かれた。自民党側は二階氏・岸田氏が顔をそろえた。議題は、一律10万円支給のタイミングと、収入減少世帯への30万円給付の扱いだった。

公明党はスピードを重視して、「一世帯30万円の現金給付を取りやめた上で、一律一人10万円給付の速やかな実施」を主張し、閣議決定目前の補正予算案を組み替えるよう求めた。対する自民党はというと岸田氏肝いりの収入減少世帯への30万円給付を取り下げるわけにはいかない。そこで「一世帯30万円の現金給付を行ったあとに追加として一人10万円給付を実施する」として、一律給付を否定はしないものの、混乱を避けるためにもまずは決定事項である減収世帯への給付を優先すべきだとした。

主張は真っ向から対立し、会談は断続的に4時間以上続いた。そして終了後、足早に部屋をあとにした公明党幹部に対して、自民党幹部は一向に部屋から出てくる様子がなかった。この様子に「与党決裂か!」との声も聞こえ始める中、自民党の岸田政調会長が報道陣の前に姿を現し、次のように述べた。

「結論としましては平行線でありました。よって引き続き補正予算の準備は続けていくということになります。今日は以上です」

一見、協議継続ともとれる内容の発言だが、補正予算の準備を続けていくということは、これまで通りの減収世帯案を目指すということに変わりなく、すなわち公明党の案には応じられないとの姿勢を岸田氏は示したのだ。自民党関係者からは「岸田さんが何とか守り抜いた」との安堵の声が漏れた。しかし、公明党の覚悟の度は自民党の想像を遙かに超えていた。

山口氏が安倍首相に伝えた覚悟…予算案組み替え決まる

翌16日朝、状況は一変する。動いたのは、再び公明党の山口那津男代表だった。山口氏は安倍首相に電話し「政治決断が必要だ」と迫った。このとき、山口氏はこの一律10万円給付が直ちに実現しなければ補正予算案に賛成できないとの強い覚悟を示したとされる。与党である公明党が予算案に賛成できないとなれば、連立の根底を覆す事態となる。これに安倍首相は「検討する」と応じたという。そして安倍首相は、まず麻生財務大臣と、続いて自民党の二階幹事長と岸田政調会長らと首相官邸へと相次いで面会した。

麻生氏はこれまで一律の現金給付には、自らが首相だった際の定額給付金を教訓に、「貯蓄に回ってしまい経済効果が薄い」などと一貫して否定的だったが、「党で話し合って決めてくれるのであれば」と補正予算案組み替えを容認した。

そして、二階氏と岸田氏は首相との面会後、並んで記者団の前に立ち、堅い表情の岸田氏は「引き続き調整の努力をするように安倍首相から指示された」とだけ、言葉少なに語った。

この後ほどなくして安倍首相から10万円の現金給付へ向けた「補正予算案の組み替え」の指示が出されたという。そして夕方には安倍首相から山口氏へ「所得制限をつけない」形での10万円の現金給付実施の意向が伝えられた。安倍首相が自らの決定を覆し公明党の主張を丸呑みすることが決定した瞬間だった。

与党内闘争に「こんな時に恥ずかしい」と身内からはため息も

自民党幹事長の一言に端を発し、ついには公明党代表が首相に進退をかけ直談判するまでに至った今回の「現金給付」めぐる与党内攻防。ある自民党関係者はこの稀にみる展開を振り返り、とにかく公明党は「一律10万円の現金給付の一点張りだった」「公明党の本気を感じた」という。

しかし、ここまで両党の主張がこじれた原因の根底には、自民党と公明党という2つの政党間の意地やプライドといった極めて内向きの理由が存在する。ある関係者は「こんな時に身内でやりあって恥ずかしい」とため息交じりにこぼしたほどだ。また、安倍一強・官邸主導と言われて久しい中で、これほど与党が安倍官邸を揺さぶり、政権の方針を変えさせたことは第二次安倍政権下ではなかった。今回のことをきっかけに政府与党内にパワーバランスの変化が生じる可能性もある。

新型コロナウイルスの感染拡大という未曽有の国難に対して、まさに国をあげての正念場だと言われる中、今回の「現給給付」をめぐる一連の動きが真に国民に向き合った結果の行動だったかは疑問が残る部分もある。政府与党には、すべての国民に10万円の現金を配ることが「政策」ではなく「政局」だったと言われないだけの丁寧な説明が今後求められる。

(フジテレビ政治部)

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