緊急事態宣言による外出自粛で、オフィスからリモートワークに切り替えるビジネスパーソンが増えている。しかし、最初こそ「通勤ラッシュも職場の嫌な人間関係も無い、ストレスフリーな仕事環境」と楽しんでいても、次第に孤独を感じたり、気が滅入ったりと、あらたなストレスを感じる人が、実は多いのではないだろうか?

「子育てシェア」を展開する株式会社AsMama(以下アズママ)では、2009年の創業以来、社員全員がリモートワークを行っている。ただアズママでも、最初からうまくいったわけではなく、10年以上にわたって様々な試行錯誤を繰り返してきた。アズママの創設者である甲田恵子代表取締役CEOに、リモートワークの「あるある」と「大事なこと」を伺った。

「禊」のための出勤に意味は無い

株式会社AsMama 甲田恵子代表取締役CEO
株式会社AsMama 甲田恵子代表取締役CEO
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――アズママでは創業以来全社員がリモートワークをしていますが、当時勤務形態としてかなり珍しかったのではないかと。なぜオフィスではなく、リモートワークを始めたのですか?

甲田さん:

そもそもサラリーマン時代、特に海外事業部にいたときは、電話会議やビデオ会議などの時差出勤が多く、家でやろうと思えば家でやれたり、むしろそのほうが効率の良い仕事なのに、苦痛でしかない満員電車に毎日乗っていくことが無意味に思えて仕方がありませんでした。

子どもが生まれてからは、自分の出勤時間に合わせて子どもの通園を急かしたり、体調不良の時でも出勤するという「禊」のための出勤をすることに、益々意味を見いだせなくなりました。

こうした経験から、創業したときには「本気で仕事(志事)をしたいという母集団であるなら、一人一人がパフォーマンスをコミットしさえすれば、通勤なんていう訳の分からない禊の為に時間やお金や労力を使ってほしくない」と思い、通勤を必ずしも必要としない勤務体制を選んだのです。

――当初の社員の反応はどうでしたか?

甲田さん:

当初から「自分たちで自分たちの未来を、地域を変えたいと思う創業メンバーを全国から募集します!」と言って集めたので、通勤をイメージしていた人はいなかったと思います。

ただ、最初だけは「会いたい」とリクエストして、いま働いているすべての社員は、最初は対面面談をしています。これはいま提供している「子育てシェア」でも同じことが言えて、子どもを預かる人と預けたい人が必ず最初は会うことにしています。

同僚が「いつ席にいるのかわからない」はストレス

アズママでは2009年の創業以来全社員がリモートワークを実施
アズママでは2009年の創業以来全社員がリモートワークを実施

――最初はリアルで会うのはなぜですか?

甲田さん:

コミュニケーション手段としてはオンラインで全く問題ありませんが、人となりを知る、言葉にならない第六感的なものは、やはりリアルで対面で会ってこそわかるということが多々あります。オンラインだけで結婚相手を選ぶ人はいないですよね?自分の命よりも大事な子どもを預けたり、大商談やお詫びに伺う時は、やはり対面でなければいけないということもあります。しかし言い換えれば、面識のある人になれば、その後のコミュニケーションのほとんどはオンラインで全く困らないし、かえって効率が良いことの方が圧倒的に多いですね。

――甲田さんはリモートワークを10年以上されてきたわけですが、その中で難しいなと思ったのはどんな時ですか?

甲田さん:

一般的に職場でストレスが高くなるのは、他の社員が「いつ席にいるのかわからない」とか「仕事をしているのかわからない」ときです。ひとりで完結するような仕事ならいいのですが、チームで仕事をするときなどは特にそうです。オフィスで仕事をしていれば、「そこにいる」ことや「今なら声をかけてよさそうだ」ということは見ればわかりますが、リモートワークだと相手の様子がわかりません。だから、些細なことを質問したり、声を掛け合う機会が減って、結局仕事を抱え込んでしまったり、効率が落ちることもあります。

「信用されてない」と思った瞬間熱意は冷める

――アズママでも創業当初はそんなことがありましたか?

甲田さん:

当社でも「今、いますか?」とオンラインで何度連絡しても反応が無く、待機状態が続くということにストレスを抱える社員が相当数いることがわかり、相互に在籍時間を確認できるように席にいるときだけはビデオをオンにしてみたこともありました。

でも、それはそれで「監視されているようで気分がいいものではない」という声がすぐにあがりましたね。

――確かにそれは、気持ちのいいものではないですね。。

甲田さん:

リモートワークの最悪のケースは、「相手がちゃんと働いているのかどうか」に不信感を抱きはじめるなど、信頼関係が崩壊していくことです。真面目に働いている人でいればいるほど「信用されていない」と思った瞬間、相手や会社に対する信頼や熱意は一気に冷めます。勿論、信用に値しない働き方をしている人は、本人は「ばれていない」と思うかもしれませんが、リモートワークの場合はアウトプットこそが重要なので、オフィスワークよりもすぐにばれますね。

「用はなくてもコミュニケーション」時間を入れる

「用はなくてもコミュニケーション」の時間を意図的に入れてチームビルディング
「用はなくてもコミュニケーション」の時間を意図的に入れてチームビルディング

――普段からそばにいない分だけ、確かに信頼関係を保つのが難しいかもしれませんね。

甲田さん:

リモートワークの失敗ともいえる部分ですが、ある日突然「お話があるのですがー」と退職の申し出をされることがあります。これは普段のコミュニケーションが不足していて、社員の状態を管理出来ていなかったことの最たる結末です。話をよく聞くと社員間や上司との些細なコミュニケーション不足が積み重なり、仕事を抱え込んでいたり、相手や会社に不信感を抱いていることが多いです。

――こうしたことを解決するために、アズママではどのような対策を取りましたか?

甲田さん:

当社では午前10時から午後3時は「コアタイム」として、「この時間だけは必ず集中して仕事をしている」ということを共通ルールにしました。雑談も質問も、「この時間であれば問題無い」としたことで、お互いのコミュニケーションストレスが格段に減りました。チームごとに朝礼をしたり、アジェンダのないミーティングを入れて、「用はなくてもコミュニケーションをとる」いう時間を意図的に入れることで、チームビルディングをしています。あとは、全員が予定を共通カレンダーに書き込んでいくことや、朝は「今日の予定(アウトプット)」、終業時には「今日の実績」を、日報で必ず共有すること。残ったタスクはいつやるのか、誰にパスするのか、まで書くのがルールです。

リモートワークになった途端に変わる人も

――なるほど、では甲田さんが経営者の目から見て、リモートワークをすることのメリットは何ですか?

甲田さん:

わかりやすいメリットとしては優秀な人材を全国各地から採用でき、さらには交通費計算や経費負担もなく、広い社屋を持って高い家賃を払うという必要が無いことです。家族の都合で転勤を受け入れられず、離職するという心配もいりません。通勤という無駄なストレスが無いので、ストレスフリーな状態で仕事に専念してもらえることもメリットです。

――ではデメリットは?

甲田さん:

デメリットとしては、向き不向きがものすごくあるため、「管理しなければいけない人」を採用したり育成したりすることは、特に当社のような少数精鋭の中小企業では難しいです。採用面談や入社後しばらく出社して、上司に同行してもらっていた時はものすごく優秀だと思った人が、リモートワークになった途端、全く本領を発揮出来なくなったというケースは少なくありません。そういう人を採用した後の育成期間は、オフィスワークの何倍もかかります。

リモートワークを魅力的だと思う人は要注意

リモートワークのメリットはライフステージの変化にあわせて働きやすいこと
リモートワークのメリットはライフステージの変化にあわせて働きやすいこと

――では社員から見たリモートワークのメリットとデメリットは何だと思いますか?

甲田さん:

メリットとしては、ライフステージの変化や、自分と家族の体調にあわせて働きやすいことだと思います。例えば子どもの成長や、同居家族の都合に合わせた時間で仕事をすることが出来ますね。居住場所を転々とする、転勤家族などがわかりやすい例です。また、自分や家族の体調がいまひとつ良くないときに、「出勤する」という禊が無いことで体調回復を早められたり、花粉症などの季節性体調不良のストレスから解放されるということもあります。デメリットとしては、困り事に気づいてもらいにくいことだと思います。だからこそ、真面目な人ほど働き過ぎてしまったり、人に聞けない、頼りにくいということが起きやすいです。

――なるほど。リモートワークは、やはり人によって向き不向きがありますね。

甲田さん:

リモートワークは、かなりの「自立した人」「自己コントロール力のある人」でなければ難しいです。「いつでも、どこでも働ける!」ということを、楽だとか魅力だと思って入社を希望する人は要注意です。誰にも管理されず自分で自分を律して、しかもパフォーマンスをコミットして働くというのは、決して誰にでも出来ることではないのです。どんなに真面目に働いていても、誰かに「おつかれさま」と声をかけられることも無ければ、自分の顔色を見て「疲れてる?」と声をかけられることもありませんから。

「さぼる」誘惑と「働きすぎる」落とし穴

――自分で自分を管理し、かつ気にされることも無いというのは、精神的にキツイ時もありますね。

甲田さん:

はい。しかもリモートワークには誘惑もいっぱいです。家にいれば家事やテレビが気になり、子どもに気を取られたり、街に出れば魅力的なコンテンツであふれています。それらの誘惑に負けてしまうような人は、リモートワークに向きません。一方で「さぼる」という誘惑だけでなく、「働きすぎてしまう」という落とし穴もあります。ついつい長時間働いてしまい、それでも仕事が終わらないと、生活そのものが杜撰になって疲弊してしまうこともあります。そういう意味でリモートワークは、能力的にもメンタル的にも非常に優秀な人たちで構成されていなければ、会社負担か個人負担のどちらかが大きくなる、バランスの悪い状態が生まれてしまうのです。

――ありがとうございました。いま在宅勤務が増えているので、個人的にも身に染みてわかりました。では後編は、リモートワークを快適に行うためのテクニックについて伺います。

【聞き手:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。