新型コロナウイルスの感染拡大を受け文部科学省は、延期になっていた今年度の全国学力テストの実施を、中止する方針を固めた。全国学力テストは、国による全国の児童生徒の学力や学習状況を把握・分析する重要なツールであり、義務教育の改善のために大きな役割を果たしてきた。中止が及ぼす教育現場への影響と課題を検証する。

6割の小学校が休校で実施は困難

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全国学力テスト=全国学力・学習状況調査は、毎年4月、全国の小学6年生と中学3年生の児童・生徒およそ200万人を対象に行われていた。

今回文科省が中止の理由として挙げたのは次の4つである。

  1. 1:依然としてコロナウイルスは収束しておらず、全国で約6割の小学校が休校していること

  2. 2:再開後も児童生徒が落ち着いた学校生活を取り戻すのに、相当の期間が必要なこと

  3. 3:指導計画や行事計画を大幅に見直すことが必要で、全国一斉に実施可能な日程を新たに設定するのは難しいこと

  4. 4:教育委員会や校長会など主要団体も、中止を求める意見が大勢であること

「中止は当然だが、困った状況だ」

「中止は当然だと考える方々が、多いのではないかと思います」
ある中学校の校長は、中止の一報に驚きながらもこう答えた。

「いまの臨時休業の状況から考えると、先ずは授業の量の確保が第一優先になりますから。ただ一方で学校現場では、全国学力テストを自校の教育活動の効果検証や改善のツールとして有効活用していたので、中止となるとそれに代わるツールを自前で探さなくてはならなくなります。いまの状況だからこそ学びの質の担保も重要なので、それも困った状況です」

また都内の小学校の校長はこう言う。
「学力テストが無くても構いません。この状況でテストをしても、2か月間の空白で前年度と比較対象にならないですから。それよりも現場としては授業をしたいです。文科省には再開した後のフォローをしっかりしてほしいですね」

全国学力テストは義務教育の貴重なデータ

全国学力テストは、全国の児童・生徒の学力や学習状況を把握・分析するために、平成19年度から始まった。
「教育は3K(経験・勘・気合)主義で、客観的データをもとに語られない」と言われる中で、全国の児童・生徒のデータエビデンスとして、全国学力テストは貴重な役割を担っていたのだ。

ある県の教育長は中止を「残念だ」と語ったうえで、これまで全国学力テストが担ってきた教育データとしての役割についてこう語る。

「求められる学力を現場に浸透させる上で、この全国学力テストは大変大きな役割を果たしていると思っています。これまでタブーとされてきたSESつまり、親の学歴や経済力と子どもの学力の相関も、このテストから明らかになりました。不利な家庭環境を乗り越えられる学校教育のあり方についても、これによって研究が進んでいると思います」

「データは危機の時ほど有用だ」

フジテレビ「News Live It!」のコメンテーターとしておなじみの、教育経済学者で慶應大学総合政策学部教授の中室牧子氏はこう語る。

「現在の状況を考えれば、生徒の安全確保が最優先されるため、中止はやむを得ないと考えます。学力調査だけでなく、国民生活基礎調査など公的統計のデータ収集でも、中止になっているものがありますので」

しかし、中室氏は「データは危機の時ほど有用だ」と言う。

「例えば、同時多発テロが起こった2001年に、ニューヨーク市の子どもの学力が大きく低下したことはよく知られています。社会的な不安が高まり、長期にわたる学校閉鎖によって、学力低下が生じたとしたならば、『解決するために何ができるか』を考えるためにはやはりデータが必要となります」

コロナの影響下でも、教育は変わらねばならない

コロナウイルスの影響が長引く可能性を指摘する論文も出てきている中、中室氏はこうした状況下でも、教育・学習のかたちを変えることが必要だと語る。

「家庭でのオンライン学習に加え、CBTと言われるコンピュータベースの試験への移行を一層推進することが必要です。また、家庭で児童生徒が一人で受検する場合を考えると、テストで問う内容についても唯一の正解があるものは馴染みません。これも従来から転換が求められている、より『対話的・主体的で深い学び』での成果を問う内容に変わっていくのではないでしょうか」

「中止になっても、それに代わる授業の改善資料を自前で用意し、改善は継続していかなくてはならない」(教育長)。

全国学力テストが中止となるのは残念だが、国や教育現場は全国学力テストの成果と課題の検証を続け、同時にCBT化など教育のさらなる進化を検討していくべきだろう。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。