この記事の画像(9枚)

2010年、中学2年生の時に史上最年少の日本代表でアジアパラに出場し、50メートル自由形で銀メダルを獲得した、パラ水泳の一ノ瀬メイ選手。

2016年には、19歳でリオ・デジャネイロ・パラリンピックに初出場を果たし、7歳からの目標をかなえたが、結果は最も力を入れてきた200メートル個人メドレーで全体の13位にとどまり、予選敗退してしまった。

あれから2年の月日がたった。

 

メダリスト山本貴司監督の元で練習の日々

 

私たちが一ノ瀬選手をたずねた場所は、近畿大学東大阪キャンパス。
彼女は50メートルの室内プールで、50名を超える部員達と共に練習に打ち込んでいた。


名門・近畿大学水上競技部を指導するのは、アテネオリンピック200mバタフライで銀メダルを獲得した山本貴司監督だ。

 

「泳ぎは十分いい泳ぎなので、結局強くなるためには心とか頭、中身が成長しないといい結果に繋がってこない」と、課題は泳ぐ技術よりもメンタルだと一ノ瀬選手を評価する。

「一ノ瀬選手を勝たせたいって思いを凄く持っているし、あとは本人がどれだけ勝ちたいっていう思いを持つかだし。やっぱりレースは“勝たなおもろない”」

そう話す山本監督が、現役時代から常々口にしてきた言葉がプールサイドに掲げられていた。
 

勝たなおもろない!!

 

「勝たなおもろない!!」
現在、近畿大学4回生になった一ノ瀬選手も、入学以来毎日この言葉を噛みしめ、練習に励んでいる。

「リオはただただ悔しい思いをして、決勝だったり表彰式だったりを、自分は観覧席から見るだけで、全然楽しくなくて、やっぱり監督がいつも言っている『勝たなおもろない!!』というのを本当に痛感しました」
 

 

そんな一ノ瀬選手が、大切にしている言葉を書いてくれた。

『You get what you give』

与えたものはやがて返ってくる。

「自分が周りに何をgiveできるか」と話した彼女は、「パラスポーツはまだ目に触れる機会が全然なくて、自分が出て行くことでちょっとでも興味を持ってもらえたらいいな」と、厳しい練習の合間を縫って、CMに出演したり、様々な番組に積極的に出るよう心がけている。

 

山本監督も「どんなに苦しい時でも自分がどうなりたいのか、なんのためにやっているのか、それを忘れずに頑張ろうと」と人間力を高めることが必要と考える。


「次の東京ではトップレベルで戦って、表彰台に上がりたい」

そう話す一ノ瀬選手は、決意を新たに2020年の東京へ向かってたゆまぬ努力を続けている。
 

 

一ノ瀬メイ(イチノセメイ)

1997年3月17日京都府生まれ 21歳 近畿大学水上競技部所属
先天性の右前腕欠損症。
1歳半から京都市障害者スポーツセンターで水泳を始める。
2010年、中学2年時に史上最年少の日本代表でアジアパラに出場し、50メートル自由形で銀メダルを獲得。
高校3年時には、全国高等学校英語スピーチコンテストで障害の「社会モデル」についてスピーチして優勝。
2016年3月のリオ日本代表選考会では200メートル個人メドレーで日本新を樹立。
リオでは8種目に出場し、100メートル自由形では3年ぶりに自己ベストを更新した。
 

(PARA☆DO!:毎週水曜夜10時54分放送
 https://www.fujitv.co.jp/sports/parado/