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フィンランド・ヘルシンキで行われたトランプ米大統領とプーチン露大統領の米露サミットで、事前に注目されていた、新START条約(新戦略兵器削減条約:2011年発効)の期限延長問題。

米露ともに、新START条約で規定されていた、配備核弾頭(上限1550個)、配備核運搬手段(上限700)に向けての削減は、半年ごとの保有数・削減状況のデータ交換や抜き打ち査察なども含めて、履行期限である、今年2月までに達成していた。

NPR2018:核態勢の検討2018

また、新START条約の期限は2021年2月だが、当事者である米政府が今年2月に発行した、今後の核兵器態勢についての報告書「NPR2018:核態勢の検討2018」には「新START条約は2021年2月まで有効であり、相互の合意により、2026年まで5年間の延長が可能である。米国は2018年2月5日までに、条約の中核的限界を満たしており、新START条約を引き続き履行する」と、期限延長に前向きともとれる記述をしていた。

ヘルシンキでの米露サミット後の記者会見で、プーチン露大統領は「米露は、新START条約延長で連携する必要がある」と述べていたことから、今回の米露サミットでは、この新START条約の期限延長も、米露首脳が、ともに誇示できる成果となりうる可能性があった。

しかし、期限延長での合意とはならなかった。なぜだろうか。

既存の軍縮条約の規制を掻い潜る新兵器、違反する新兵器

現在、米露間で有効な核兵器の軍縮に関する条約は、新START条約とINF条約だ。
INF条約は、1987年に締結された条約で、米露はともに、射程500kmから5500kmの地上発射弾道ミサイルも巡航ミサイルも開発・生産・配備をしないという条約だ。

しかし、前述のNPR2018報告は「(核弾頭搭載用に新たに開発する)海洋発射巡航ミサイル(SLCM)は、必要な非戦略的な地域的プレゼンスであり、確実な対応能力であり、ロシアの継続的な(INF)条約違反に対する、INF条約に準拠した対応を提供する。ロシアが軍備管理義務を遵守し、非戦略的核兵器を減らし、他の不安定化行動を是正すれば、米政府はSLCMの追及を再考するかもしれない」と記述しており、ロシアのINF条約違反に対応する交渉カードとして、新STRAT条約やINF条約の対象とならない新兵器、核弾頭付SLCM開発の方針を打ち出していたのである。

短距離弾道ミサイル・システム、イスカンデル-M

この他にも、NPR2018で米国は、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)用に新型の低威力核弾頭を開発することも示していた。ロシアがINF条約違反を疑われているのは、短距離弾道ミサイル・システム、イスカンデルに射程1000㎞以上のR500巡航ミサイルを搭載するのでは、というものである。

ロシア側もまた、米海軍がポーランドやルーマニアに配備したイージス・アショアは「地上発射巡航ミサイル用施設」になるのではないか、つまり、INF条約違反になるのでは、と疑いの目を向けている。

サルマートICBM

プーチン露大統領は、本年3月1日、ロシアの新兵器プロジェクトを披露した。この中には、サルマートICBM(大陸間弾道ミサイル)のように、従来のICBMより、はるかに高性能だが、それでも新START条約の範疇に入るものもあっただけでなく、核弾頭を搭載し、ほとんど無限の航続距離を持ちそうな原子力水中ドローンもあった。

それに、MiG-31BM戦闘機を改造した専用機、MiG-31Kに搭載する射程2000kmの極超音速空対地ミサイルのように、全くの新兵器で、新START条約やINF条約の対象になりそうもない。従って、既存の条約では規制されそうもないプロジェクトもあった。

MiG-31K

INF条約だけでなく、日本の安全保障も揺らぐ?

新START条約とINF条約は、日本の安全保障にも貢献しているようにみえる。この条約、特にINF条約の規制によって、ロシアが保有する地上発射核ミサイルには、射程500kmから5500kmのものが存在しないはずだった。

その結果、ロシアの地から発射される核ミサイルの射程に入る日本国内のエリアは限定されることになる。だが、NPR2018が指摘するロシアのINF条約違反が本当なら、事態は変わる。また、前述の射程2000kmの極超音速ミサイルも、日本の安全保障にとっては気掛かりな存在となるだろう。

ヘルシンキの米露首脳会談の結果、両国は、新START条約の延長に向けて話し合いを続けることになりそうだが、この状況は、日本の安全保障にどのような意味をもつのだろうか。

INF条約は、日本に「棚からボタモチ」だったのか

かつて、INF条約に向けての交渉が本格化した際、旧ソ連側にも欧州NATO側にも、条約の対象を欧州に限定しての、核軍縮を模索する動きがあった。

SS-20弾道ミサイル

旧ソ連が配備を開始したSS-20弾道ミサイルは、米国には届かないが、欧州全域・日本・中国を射程にする。これに対抗し、旧ソ連との協議の糸口にするため、NATOは「二重決定」と呼ばれる方針を決めた。米国による新型弾道ミサイル、パーシング2及び地上発射巡航ミサイルGLCMの開発、生産とNATO欧州諸国への配備、それに旧ソ連と米国の協議である。

NATO欧州諸国では、新型ミサイルの国内配備に反対する動きも激しくなり、条約を欧州に限定してでも、旧ソ連との妥協を急ぎたいところもあったのである。しかし、そうはならなかった。その背景には、当時のロン=ヤス(レーガン大統領と中曽根首相)関係を利用した日本政府の働きかけがあったとみられる。

準中距離、および中距離核戦力の規制が欧州に限定されるなら、旧ソ連は、欧州に配備できなくなった、それらの核兵器をロシアの極東アジア方面に配備し、いざという場合には再び、欧州に展開する可能性がある。それを阻止するために米国は、アラスカに「準中距離・中距離核兵器の配備計画を立案すべきだ」と、米国大統領に助言したと報じられたのである。

INF条約は、こうした当時の日本政府の働きかけもあったためか、地域を限定せず、米ソ(露)は、双方とも射程500~5500kmの地上発射弾道ミサイルと巡航ミサイルを開発・生産・配備をしないという内容の条約になった。INF条約が日本にもたらした前述の安全保障上の利益は、それなりの外交上の働きかけを行ったという事なら、必ずしも日本にとって、棚からボタモチというわけではなかったのかもしれない。

トランプ大統領の言葉をかりれば「世界の90%の核兵器を握る」米露で、核兵器についての協議が行われるなら、日本の安全保障には、どんな意味を持つのか。日本政府にとっては、2021年まで気が抜けない状況が続くかもしれない。