今場所で13勝した関脇・御嶽海が、平成生まれの日本出身力士として初優勝を飾った。

長野県出身力士としても、現在の優勝制度では初となり、これ以前では、さかのぼること208年、江戸時代の伝説の力士・雷電以来の快挙だという。

初めての賜杯を抱いたあとの御嶽山は「めちゃくちゃ重たかったです」と笑顔を見せ、「こんなに声援を受けるとは思わなかったので、めちゃくちゃうれしいです。長野県でも盛り上がっているのかなと思います」と話した。

地元を勇気づけたい…「御嶽海」しこ名の由来

御嶽海の優勝に地元の長野でも大盛り上がり。

"がんばれ御嶽海"と書かれた横断幕を持って応援する人たちは、毎場所、バスツアーを組んで会場に足を運んでいるという地元・長野の大応援団。

長野県出身の男性は「毎場所、毎場所楽しみに勝っても負けても楽しませてもらっているし、彼の相撲は気持ちいい相撲を取りますよね」と話した。

また、御嶽海の初土俵から地元で販売しているという「どすこいクッキー」も今場所の優勝効果で品切れ目前だという。

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ここまで地元で愛される理由を相撲ジャーナリスト・荒井太郎さんは、「御嶽海の『御嶽』は『御嶽山』からとったしこ名」だからだという。

「御嶽海」のしこ名の元になったのは4年前に噴火した御嶽山で、観光客の減った地元を勇気づけたいとの思いだったからだそう。

両親の反対を押し切って角界へ

そんな御嶽海は、人口約4500人の長野県上松町に平成4年12月25日に誕生。

父親は日本人、母親はフィリピン出身で、運動神経は昔からよかったという。

相撲を始めて間もない頃、真剣に稽古に励んだ御嶽海。

中学生時代の様子を中学時代の恩師・木曽町立三岳小学校の安藤均校長は「内に秘めたものは相当強い。負けたくないという気持ちがあった」と振り返った。

大学では個人タイトル15冠を達成したが、卒業後は親を安心させようと和歌山県庁への就職を選び、内定も出ていた。

だが、御嶽海の両親とも親交のある高校時代のアルバイト先の責任者である森幸一さんは「W優勝したら相撲界に行きたいというのは聞きました。親父さんからしてみれば、どっちが良いとかというのは本人次第と言っていました」と相撲をやりたい気持ちはあったという。

大学4年生の時にアマチュア横綱と学生横綱の2つの頂点に輝いたことで心境にも変化が生まれ、さらに2歳上のライバル・遠藤関からも刺激を受けた。

両親の反対を押し切って角界入りを決断したという御嶽海の相撲について、荒井さんは「基本に忠実で、無駄な動きがないということで、これに今場所はスピードが加わって速い攻めが目立っていたので、そこが優勝の一番の要因だと思います」と話した。

初場所から21場所と史上3番目のスピードで手にした賜杯。

当初、反対していたという御嶽海の母親・マルガリータさんは「ありがとうございます。みなさんに感謝の気持ちでいっぱいです。みんなのパワー、本当に感謝です」と涙を浮かべた。

来場所に向けて御嶽海は「終わったばかりなので、まだ来場所のことは考えずに、しっかり稽古を積んで、その上を目指して稽古に励んでいきたいと思います。ありがとうございました」と述べた。

(「めざましテレビ」7月23日放送分より)