機械で作るレースとして最も難易度が高く、技術継承の難しさから世界的に生産が減少していった最高級レース・リバーレース。世界のトップメゾンからもラブコールを受ける圧倒的ナンバーワン企業へ成長した秘訣とは。


オートクチュールや高級ランジェリーなどに使用され、レースの女王ともいわれる「リバーレース」。産業革命時代にヨーロッパで生まれたその伝統レースで、世界トップシェアを誇るのが栄レース(兵庫県宝塚市)だ。


機械で作るレースとしては技術的に最も難易度が高くその技術継承の難しさから世界的に生産が減少していったというリバーレース。その中で栄レースは、愚直なまでにリバーレースと向き合い、並々ならぬ経営努力で最高級レースを守り続けてきた。現在は、世界のトップメゾンからもラブコールを受ける圧倒的ナンバーワン企業に成長。同社の経営トップである澤村徹弥社長に、伝統レースを守り続ける理由や今後の展望を聞いた。

ほぼ1世紀前に製造されたリバーレース機を駆使し、熟練工が作り上げる伝統レース

――宝塚市に、ヨーロッパの伝統レースで世界トップシェアの会社があるとは驚きました。

 生産は中国、タイの工場にシフトしていますが、本社は昭和33年の創業以来ずっと宝塚市です。創業者で先代の土井一郎がイギリスから買い付けてきた2台のリバーレース機から始まり、現在は87台の織り機を所有しています。世界中で稼働しているリバーレース機は約150台ほどと思われるので、その半分以上を弊社が稼働させていることになり、マーケットシェアは恐らく7割前後を占めていると思います。

――リバーレースの生産量で圧倒的ナンバーワンなのですね。

 といっても、リバーレース機自体がもう製造されていないので、どのメーカーも新しくても半世紀以上前、古くは1世紀以上前に製造された機械をメンテナンスしながら使うしかないのです。さらに、基幹部品であるボビン・キャリーを製造する世界唯一のメーカーから、1995年にその工場にあった工作機械を買い入れたので、事業を続けていく限りは、このシェアが下がることはないと思います。

――約1世紀前に製造された機械を使い続けているのですか。

 はい。最盛期には世界で約4,000~5,000台が稼働していたリバーレース機ですが、1980年代に高速で稼働しリバーレースに近い表現が出来るラッセルレースが広まったことで市場が縮小していきました。リバーレースの生産は手作業の割合が大きく、使用する糸の本数もラッセルの倍近くあるので、現場作業員にもデザイナーにも相当に高い技術が求められる。大量生産できないうえに膨大な人材育成の手間と時間とコストがかかるのです。そんな中でも、世界中のトップメゾンや高級下着ブランドなどでは、常に変わらずリバーレースが求められています。モチーフに立体感があり、息を吞むほど繊細で美しいレースは、リバーレース機だからこそ作ることができる芸術品です。

中国工場の社員300名を順次、日本で研修

――人材育成にはどれくらいの手間とコストがかかるのですか?

 リバーレースの要ともいえるデザイナーの育成で、レースのデザインができるまでに最低でも2~3年はかかります。レースになったときにどう見えるか、糸の本数やその糸の動きが適切かどうかを理解しないと描けないからです。またデザインの次に、レースの設計図面をつくるドラフティングという作業があるのですが、こちらも一人前の「ドラフトマン」になれる様にデザインとは別の部署で育成しています。デザイナーが描いたスケッチをリバーレース機で美しく織り上げるために、糸のテンションの掛かり方や糸同士の引っ張り合いを予測する難しい作業で、これはデザイナー以上に育成に時間がかかります。一人前になるのに、早くて3年といったところでしょうか。

――その期間は、ひたすら投資ということですか。

 そうなります。機械を動かす工員もそうですが、リバーレースは人の細やかな手が入るからこそ、他にはない繊細なレースを作ることができる。つまり、職人を育成し続けないと事業が継続できないのです。人材育成にかかるコストは相当なものになりますが、それをやってきたからこそ今があります。

――機械を動かす工員にもスキルが必要なのですか?

 1台の機械に約5,000枚のボビンを装着したキャリーを全て手作業でセットしないといけないんです。また、セットして終わりではなく、糸のかかり方や織られて行く柄を目で、また機械の音を耳で確認しながら、必要に応じて機械の動きを微調整していかないと美しいレースに仕上がらない。なにせ1世紀ほど前のアンティークな機械ですからね。わずかな違和感に気づいてすぐに対応できる職人集団でないと、繊細な柄が織れないのですよ。

――現在は中国とタイで生産しているとのことですが、職人気質な日本人ならともかく、外国人にそうした繊細な作業は難しいのでは?

 とんでもありません。タイや中国の人たちは日本人とは比べ物にならないくらいハングリーです。育成する環境を整え、仕事に見合った報酬を用意すれば、驚くほどの力を発揮してくれます。ですから中国、タイには現在、日本人スタッフは数名で、各部門のトップは現地の人です。その土地で生まれ育った者が指導したほうが相互理解も進むし、社内のコミュニケーションも活発になる。現地マネージャー及びそれに次ぐレベルのスタッフは、我々日本人の考えるところや意図を理解した上で現地スタッフに対し最適な応対をしてくれ、また彼女達の意見なども巧みに拾ってくれるので、新たな施策を考える際もとても参考になります。

――海外で現地の人に権限を委譲するのはリスクではないですか?

 異文化の環境下で育って来ていますからある程度リスクはあります。ですから1992年の海外初進出の際は、現地で採用したおよそ300人の中国人スタッフを順次日本に呼んで研修しました。期間は、工員で約1年、デザイナーやドラフトマンでおよそ2年間。技術の習得はもちろんですが、日本人のコミュニケーション感覚や働き方を肌で感じてもらいたかったのです。生活面もすべてサポートしたので手間もコストもかかりましたが、おかげで当時のスタッフたちが、栄レースのレース作りのマインドを持ってタイ工場立ち上げの際に指導員として活躍してくれました。今ではその研修生たちが各部門のトップで活躍してくれているのですが、日本語がペラペラなので本社日本人スタッフとのコミュニケーションもスムーズ。コロナ禍で海外に渡れない間も、彼女たちがしっかり管理してくれ大いに助かっています。

――市政府からの通達により2011年に中国の工場を移転されたそうですが、それだけの手間とコストをかけて育てた社員はどうされたのですか?

 工場を100キロほど移転しましたから全員を連れていくのは無理でしたが、各部門のリーダーたちだけは、お願いして新工場に来てもらいました。彼女たちがいないと機械がちゃんと稼働し、お客様にお渡し出来る製品を作り上げるまでの時間が想像できなかったので、条件面もかなり考慮しました。移転後、何とか1年で機械を動かせたのは、彼女たちが移転先で新たに採用したスタッフを熱心に教育してくれたからこそ。この教訓があったので、今回のコロナ禍でタイ工場の操業度が落ちた期間も、近隣他社よりも手厚い待遇を続け人材流出を食い止めました。

――思い切った先行投資が事業継続のカギなのですね。イギリスの部品工場から工作機械を買い取ったのも先行投資のひとつなのですか?

 パーツは消耗品なので、これをつくれないとリバーレースを継承していけないですからね。ラッセルレースの台頭でリバーレースメーカーがどんどん撤退し、それに伴い部品を作るメーカーも減っていました。そこで、1995年にイギリスに1社だけ残っていた部品メーカーから、工作機械を買い取ったのです。その際に、現地の職人に来てもらって、部品のつくりかたや修理方法を中国人スタッフに教え込んでもらったから今がある。リバーレース機の部品は、100分の数ミリというピッチの誤差でも仕上がりが変わってしまうので、これらの部品についても専門部署をつくって職人を育てています。

明暗を分けた投資先

――コストも手間もかかるリバーレースではなく、ラッセルレースに投資するという選択肢もあったと思うのですが。

 初の海外進出となる中国工場立ち上げの際は、正直迷いましたよ。ラッセルレース機は日進月歩で進化していて、その頃の機械でさえ「この生産性の高さで、ここまでの柄を表現できるのか」と驚かされる性能を備えていました。しかし、当時社長だった先代が「いくらでも差はつけられる」と言い切り、リバーレースの中国工場への投資に踏み切りました。結論から言えば、この選択が明暗を分けました。急激に機械台数が増え生産キャパシティーが膨れ上がったラッセルレースは、今では価格競争の真っただ中。一方でリバーレースはラッセルレースと比べると、デザイン面でもまた素材の面でも工夫する余地が大きく、その分付加価値を作り出せる。いい柄を作れば適正な価格で買ってもらえますから、これは取りも直さずメーカー冥利に尽きるということです。1世紀ほど前のアンティークな機械ですが、他にないレースを織れるという本質が究極の差別化につながったと考えています。

――リバーレースとラッセルレースではそんなに差があるのですか?

 柄の表現力については、ラッセルレースも進化しています。とは言え、鎖編みが基本のラッセルレースと組みひもの原理で織り上げて行くリバーレースでは組織自体が全く異なり、それ故リバーレースの方が耐久性が高くほつれ難いという特徴があります。しかも使える糸本数が違うので、見比べると繊細さや立体感の表現力が全く違う。そういう意味からしても愛着を持って長く使えるので、これもまたラッセルにはない魅力です。

――柄は繊細なのに丈夫なのですね。

 他のレースにはない大きな強みです。ただ、僕はラッセルには感謝しているんですよ。目覚ましい勢いで進化するライバルがいたから、負けないようにいろんな柄に挑戦することができた。当社には世界中に約40名の専属デザイナーがいますが、毎年新しい柄をインナー用だけで約600柄、アウター用も含めれば約800柄つくっています。ライバルを常に意識しながら、デザインのクオリティとバリエーションを追求してきたからこそ、世界のトップメゾンからも声をかけてもらえるようになったのだと思っています。

タッチポイントを増やして価値を訴求

――価値のあるプロダクトなのに、リバーレースは正直、一般消費者への認知は低いですよね。

 おっしゃる通りです。フランスなどでは、日本でいう有田焼のような伝統産業として知られていますが、日本ではその名を耳にしたことがある人は少ないはずです。そこで当社でも、2020年11月に「Le La Sa(ルラッサ)」というBtoCブランドを立ち上げ、ECサイトをオープンしました。看板商品は、レースの美しさと柔らかさを活かしたストールです。実はリバーレースは、織り機の速度が遅いことから全体的に糸がふんわりと絡み合い、柔らかく仕上がるという特徴もあります。首に巻くストールなら、その肌あたりの良さも存分に感じてもらえる。一人でも多くの方に身に纏って頂きたいという想いから、価格も1万円~3万円までに抑えています。

――ストール以外ではどのような商品が?

 お客様がリバーレースに触れるきっかけを増やすため、よりお手頃な価格で購入できるヘアターバンやマスク、カットソーなどをそろえています。また、Le La Saのビジョンである「リバーレースのある暮らし」に沿って、今後はインテリア領域のアイテムも増やしていく予定です。

――販売チャネルはECサイトのみでしょうか。

 柄の繊細さ、肌触りは手に取って見てもらったほうがわかりやすいため、全国の百貨店でのポップアップの開催、ショッピングモール・専門店で取り扱って頂いております。こうしたリアルのタッチポイントはこれからもどんどん増やしていく予定。お客様とリバーレースの接点をつくりながら、「レースの女王」とも呼ばれる伝統レースならではの価値を伝えていきたいと考えています。

――価値を伝えるうえでは、ライバルであるラッセルレースとの違いも訴求していく必要があるのでは?

 自動車に例えると、かつては「レクサス」と軽自動車ほどデザインに差がありましたが、現在は「レクサス」と「クラウン」くらいに近づいていますからね。そこで、一般のお客様にも明らかに違いが分かるように、「栄レース製リバーレースを示す」タグを付けてブランディングしていくことを考えています。

――その世界を実現するために、他に戦略として考えられていることは?

 根幹にあるのは、リバーレースを次世代に継承すること。そのためには、やはりコスト面も重要なので、デザインや織り機にデジタル活用できる部分を探っていきたいと考えています。たとえばリバーレース機は、1台につき1人がかかりきりになるのですが、工程によってはオートメーション化できる部分もあるとみています。1人が2~3台の機械を見られるようになるだけで生産性がぐっと上がる。ドラフティングなども、ITがサポートしてくれれば効率が上がるはずです。

時代の逆風が追い風に変わった

――時代に合った戦略に投資しながら、変わらぬ価値を守っていくのですね。

 そうですね。繊細さと丈夫さを兼ね備えたリバーレースは、他では手に入らない唯一無二のレースです。だからこそ愛着を持って使い続けられるサステナブルなアイテムでもあります。コロナによる生活様式の変化で、ファストファッションと対極をなす「スローファッション」の志向も広がってきています。リバーレースの思想は「良質なものを長く使う」というスローファッションのコンセプトそのもの。手間暇を惜しまず継承してきたこの伝統レースで、サステナビリティな社会に貢献していきたいと考えています。

――大量生産時代に吹いた逆風が、今は追い風になっていますね。

 弊社はただ、リバーレースの可能性を信じて向き合ってきただけなんです。やっていることは本質的に変わっていませんから。ただ振り返ってみれば、イージーな道を選ばなかったことが今の追い風につながったのかなと思います。海外進出の際にラッセルレースを選んでいても、海外スタッフへの先行投資を惜しんでいても、今の栄レースはなかった。大量生産時代には非効率だと淘汰されかけたプロダクトですが、僕も先代も、リバーレースの魅力を疑ったことは一度もない。心から惚れ込んだ世界一美しいレースを次世代につなぐ――、それだけを考えて踏ん張ってきました。この想いこそが、栄レースの軸であり、屋台骨。これからも、胸をはって「世界一」だと言えるレースのさらなる魅力を探りながら、世界のオンリーワン企業を目指していきます。


<参考URL>

LeLaSa(ルラッサ)オンラインショップ

https://lelasa.com/

栄レース株式会社(コーポレートサイト)

https://www.sakae-lace.co.jp/




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