「布マスクを2枚配布」-日本政府のこの政策について賛否の声が上がっているが、ニューヨークでは最近、マスクを着用するか、もしくは「バンダナやスカーフを口に巻いてほしい」と呼びかけられるようになった。これは、かなり唐突な方針転換に見える。なぜなら、ほんのひと月前、政府は「マスクを買うのをやめよう」と呼びかけていたし、市民は「マスクをしても意味がない」と信じていたからだ。

3月9日、取材のために訪れたニューヨーク中心部の駅で、私は驚いた。マスクを付けている人がほとんどいなかったからだ。この駅では改札から出た直後に、「引き戸」になっているドアをあけなくてはならないため、多くの人はビニール手袋をしていた。当時は、マスクをした人は少数派で、その多くは、筆者を含むアジア系だった。

3月9日、地下鉄の駅はマスクより手袋を着用している人が多かった

手袋をつけていた女性に聞いてみた。

―手袋をしていますが、マスクはしないのですか?
女性:
マスクには、予防の効果がないと聞いたので、信じてないの。手袋をつけていると、いろんなところに素手で触らなくていいから、安心だわ。


それから1カ月。スーパーと公園しか行くところがないニューヨーカーの顔を見てみると、マスクだらけだ。

政府も「マスクに予防効果なし!買わないで」

マスクは効果があるのか、ないのか。2月下旬、公衆衛生政策を指揮するアダムス医務総監はツイッターで、
マスクを買うのをやめよう!マスクは一般市民の予防にはあまり効果がない。医療関係者がマスクを入手できないなら、(コロナの感染拡大において)さらにリスクは高まる」と呼びかけた。

ペンス副大統領も、マスク増産の計画があることを主張しながら「一般的なアメリカ人は、マスクを買いに出かける必要はない」と会見で明言した。

このころ(2月29日)、アメリカでは西海岸を中心に20例ほどしか、感染が確認されていなかった。感染者がゼロだったニューヨークでは、チャイナタウンの売り上げが激減していたが、それ以外は普通の生活を送っていた(そもそも、ニュースの中心は大統領選「スーパーチューズデー」だった)。

それからあっという間にアメリカ、そしてニューヨークは、感染の“震源地”となる。

筆者の実感としては、3月20日前後から、街中でマスクが増えたという印象だ。16日(州感染者960人)にレストランでの飲食が禁止となり、22日(州感染者1万5千人超)には事実上の外出禁止令になった。感染者が10倍以上に膨れ上がったこの1週間で、雰囲気はガラっと変わった。

「マスクは予防効果がない」と言っていたニューヨーカーたちがこぞってマスクを付けるようになった。いつの間に、どこで買ったのだ?…と思っていたら、街角で机を広げ、医療用マスクを高額転売している場面にも出くわした(21日以降)。日本の街中ではあまり見かけない、医療関係者用のN95という特殊マスクも、一般人が着用するのをよく見かける。息苦しいようで、携帯電話でしゃべるときにはそれをおでこに上げて喋っている人もいる。

電話をするためにマスクをおでこにずらす人

研究発表の翌日に…「顔にバンダナ巻いて」呼びかけ

そんな中、4月1日、CDC(米疾病対策センター)が、ある研究結果を発表した。「シンガポールで発生したクラスター7件、243人のケースを分析したところ、無症状/症状が出る前に、二次感染をしている可能性が高いケースが多いことがわかった」という内容だ。

無症状でも感染しているケースがあるというのは、皆なんとなく知っていたが、CDCがこのタイミングで発表したのはなぜなのか。このころ、CDCの幹部らが「だれがマスクを着用するべきか、ガイドラインを見直している」と明らかにしたことが、複数のメディアで伝えられ始めた。

その翌日である。ロサンゼルスのガルセッティ市長、ニューヨークのデブラシオ市長が、相次いで「外出時には、顔を覆ってほしい」と市民に要請したのだ。

ニューヨーク市長は会見で、「シンガポールの感染者の研究結果が発表された」と、前述のCDC発表を根拠とし、「無症状の人が他人にうつすリスクがある」と主張。しかし、医療関係者のマスクが不足している現実も深刻なため、「マスクをする必要はない。特にN95や、サージカルマスクは医療関係者にとっておいてほしい。バンダナやスカーフでもいい」と呼びかけた。トランプ大統領も、翌3日、「マスクの着用を推奨する」と述べ、これまでの方針は国レベルで転換された。しかしあくまで任意で、トランプ大統領本人は、マスクをするつもりはないそうだ。
 

「マスクしたいけど…買えないからスカーフ」

街を歩いていたスカーフを顔に巻いていた女性にこのことを伝えたうえで取材すると、「マスクがあったらしたいわよ。探してるけど、売ってないからスカーフしている。家に帰ったら洗うわ」との率直な意見。一方で、顔にバンダナをしていたカップルは「マスクを探したことはない。マスクは医療関係者のためにあるので、彼らを守らなくちゃ」と理由を話してくれた。その週末には、セントラル・パークで、マスクやバンダナをして「ジョギング」「散歩」「サイクリング」「日なたぼっこ」をする人が、増えていた。バンダナを鼻と口に、きつく巻きながら走るのは、少し息苦しいかと思うが、市長の呼びかけが伝わっている証拠だ。

バンダナをするカップル「マスクは医療関係者のためにあるので、彼らを守らなくちゃ」

 

バンダナを巻いてジョギングをする人

マスク方針転換は苦肉の策か?

ここで、2月下旬の「マスク不要」の議論を振り返りたい。米・医務総監の「マスクは、一般市民にはあまり予防効果がないから買わないで」の、呼びかけは、あくまで「医療関係者のマスクが不足しないように」という目的のために発信されたのだと思う。この点においては、4月2日のNY・LA市長の「マスクは医療関係者にとっておいて」という呼びかけとも一致している。またNY市長は、感染“予防”の効果について触れていない。あくまで「無症状の人が、他人にうつさないように」という目的での推奨だ。

気になるのはタイミングである。

もともとアメリカやヨーロッパではマスクを付ける習慣がなかった。人々の意識を変えるには「感染拡大防止における公衆衛生的なマスクの効果」という科学的な根拠が必要だったと考えられる。その意味で4月1日のCDCの研究結果発表は、自治体や政府にとって渡りに船だったのではないだろうか。翌日のNY市長の要請、翌々日のホワイトハウスの呼びかけのタイミングを見ても、まるで「待っていた」かのように目に映る。

感染者数世界一、36万人をこえたアメリカ。「マスク不要」から「着用推奨」へ、アメリカのマスク政策は180度転換した。果たして、方針転換のタイミングは正しかったのか。もっと早くマスク着用に方針転換していれば、ここまでの感染爆発は食い止められたのか。この“災害”が終わった際には、感染症の専門家に、ぜひ検証してもらいたいと思う。

【執筆:FNNニューヨーク支局 中川眞理子】