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2017年ワールドアダプティブサーフィンチャンピオンシップ(障がい者サーフィン世界選手権)で3位となった伊藤建史郎選手。
今、日本で一番世界の頂点に近い男だ。
 

足を切断しても頭に浮かんだ「サーフィン」

 

障がい者サーフィンの世界一を目指す義足サーファー・伊藤建史郎選手は5年前、仕事中の事故で右足のひざから下を失った。

「まず最初に思い浮かんだのは、『あー明日海行けないじゃん』っていうことでした」と話す伊藤選手。
16歳の頃から続けてきたサーフィン。
最初はもう出来ないと思っていた。

突然のことで自暴自棄になりそうだったが、ある日病院のベッドで、自分と同じように右足を失った海外のプロサーファーが、義足でサーフィンをしている動画を見つけて一念発起した。
 

諦めきれないサーフィンへの想い

 

「病院にいるときに、『僕サーフィンやりたいんですけど』って言ったら、『サーフィンなんて何を言ってるんだ!』って」と笑いながら振り返る伊藤選手。

当時の日本では海で使用できる義足はなじみがなく、全てが手探り状態だった。
医者に反対をされても、義足を作る会社を複数訪ね、ついに競技が可能な義足を手に入れた。

 

妻の実歩さんは「サーフィンが生き甲斐だから、体が続く限りはやめないで欲しいし、続けて欲しいです。サーフィンが好きなのはわかっていたことだし…。でも無茶はして欲しくないですよ」と、伊藤選手を応援しつつも、やはり大切な家族の一員である夫の身を案じる。

伊藤選手は、サーフィンをする自分を応援し続けてくれる家族に感謝している。
「当然家族も、『これ以上私たちにどれだけ心配をかけるの』と絶対思っていたと思うんですけど、『サーフィンをやりたい』という気持ちを理解してくれているのも家族だったんで、家族には“感謝”の一言ですよね」
 

目指すは世界の頂点

 

「自分ができる“何か”を信じてやっていれば、道は開けると信じています」と話す伊藤選手。

事故から4年後の2017年、障がい者サーフィンの世界大会で見事3位を獲得した。
2020年東京パラリンピックで障がい者サーフィンは競技にこそならなかったが、いつかパラリンピックで正式競技になった時、表彰台の一番高い場所に上がることを夢見ている。

 

「僕は自分自身のことを海の人間だと思っているんです。海から上がった後の充実感とか、言葉では言い合わらせない爽快感、気持ち良さ、そういった事を含めて、僕が生きるフィールドは海しかないと思っているので、足がある・ないに関わらず、最後まで諦めずに世界を目指したいなと思っています」

心配をかけてしまった家族のために、そして自分と同じような境遇になった人たちの希望となるために、伊藤選手は日々邁進する。
 

 

伊藤建史郎(イトウケンジロウ)

1977年5月22日生まれ 41歳 東京都出身 TEAM POSITIVE所属。
2013年仕事中に事故に遭い右足ひざ下を切断。
2016年ワールドアダプティブサーフィンチャンピオンシップ(障がい者サーフィン世界選手権)4位。
2017年ワールドアダプティブサーフィンチャンピオンシップ(障がい者サーフィン世界選手権)3位。
目標はパラリンピックで金メダル。世界で一番になること。
 

(PARA☆DO!:毎週水曜夜10時54分放送
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