セントラルパークに設置された仮設テント病院

セントラルパークに設置された仮設テント病院はまるで「野戦病院」
セントラルパークに設置された仮設テント病院はまるで「野戦病院」
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ニューヨークでも、桜は美しい。市民の憩いの場、セントラルパークに咲いた桜の木の下で、白いテントが設置されていく様子を目の前にしたとき、ショックを覚えてしまった。小雨が降る中、午後7時をすぎても、人々の作業の手は止まらない。それほど、急を要しているのがわかる。テントの中に作られるのは、病床だ。まるで「野戦病院」に見える。新型コロナウイルスの感染拡大は遂に大災害のレベルになってしまったんだ、と震える思いだった。

日本人医師が語る“コロナがもたらす病状”

3月1日に初感染が確認されてからわずか1カ月で、中国・湖北省の公表感染者数をゆうに超え、感染者が12万人を超えたニューヨーク州(5日現在)。
そのニューヨークで、最前線で治療にあたっている日本人医師がいる。コロンビア大学病院の島田悠一医師がインタビュー取材に応じてくれた。

コロンビア大学病院の島田悠一医師
コロンビア大学病院の島田悠一医師

まず、循環器内科である島田医師が、なぜコロナ患者の治療に携わっているのか、その理由から伺った。

島田:
入院した患者の中で、2割くらいは心臓に疾患、何らかの障害が出るという調査結果があります。私はICUなどでそういった心臓に疾患が出た患者さんを診ています。


新型コロナウイルスに感染し入院した重症者のうち2割ほどは、肺炎だけでなく、心臓疾患という極めて重い症状が出るということだ。そして、この病気の特徴として、やはり「急激に悪化する」ことだと、島田医師は強調する。

島田:
最初は救急ではなく歩いて来院し普通に話ができた患者さんが、ゼーハーだけだった状態から、2~3時間後には急変し容体が変わりえるのが特徴です。

さらに、病院で息を引き取る患者をめぐる状況には、悲しい現実がある。コロンビア大学病院では、感染防止の観点から基本的に“面会謝絶”だが、この先長くないと医師が判断した場合に限り、家族一人に限り、15分~30分だけ面会が認められる。

島田:
想像よりも孤独な死を迎えざるを得ないということに、患者さんもご家族もやるせない思いだと思います。医師としてもそういう状況を見るのは精神的にこたえるものがあります。


新型コロナウイルスに感染したコメディアンの志村けんさんは、家族との面会がかなわぬまま亡くなった。感染を防ぐためとはいえ、死の間際にすら患者と家族が引き裂かれ、別れを告げることすら許されない。島田医師もそんな辛い現実に日々、直面し続けている。

ベッド不足…手術室をICUに作り替え

日本でも危惧されている、「ICU(集中治療室)不足」。コロンビア大学病院では、ギリギリの状態を保っているが、そのためにこんな工夫をしているという。

島田:
緊急以外の手術をすべて中止して、手術室をICUに作り替えています。手術室の中にICUに必要な機器を導入して、コロナウイルスの患者さんの増加に対応しています。

マスク節約のため…あえて「重ね付け」で工夫

ベッドもギリギリの状態なら、医療従事者を守る、防護服やマスクも不足している。
病院から「マスクの節約」を呼びかけられたという島田医師。その節約の方法を見せてもらった。下の写真を見ていただきたい。N95と呼ばれる、ウイルスを通さない特殊なマスクに、日本でも一般の人が着用する紙製のマスク(サージカルマスク)を「重ねて」いる。いったいどこが節約なのか…?

マスク節約のために「重ね付け」で工夫
マスク節約のために「重ね付け」で工夫

島田:
本来はN95マスクを、一人の患者を診たら捨てて、別の患者を診るときには別のマスクに替えています。しかしその使い方をしていると、とても足りなくなるので、一日中同じマスクをつけています。ただ、そうしていると、患者さんから患者さんへの感染が起きてしまうかもしれない。それだけは避けたい。ですので、N95の上に、サージカルマスクというマスクを重ねます。その、上のサージカルマスクを患者ごとの使い捨てにしています。

希少な特殊マスク…転売の実態

まさに、「マスクを守るためのマスクの重ね付け」。医療従事者の生命線であるN95マスクはそれだけ希少で不足している。このため、ニューヨークやロサンゼルスの市長は2日、「N95などのマスクは医療者のためにとっておいてください」と呼びかけ、マスクの代わりにバンダナやスカーフを着用することを呼び掛けた。

一方で、最近のニューヨークではこのN95タイプを一般市民が着用する様子が最近は多くみられる。店頭で見かけることはほとんどないのに、いったいどこで手に入れているのか。先日、自宅の近所で信じられない光景が広がっていた。

N95、あるよ!3つで25ドル!
街角で机を広げた男が、消毒液と共に、このN95(と思われる)マスクを一般人に売っていた。どう見ても「転売」と思われるが、何人もの一般市民が足を止め、購入する客もいた。

マスクが街角で転売されていた
マスクが街角で転売されていた

一方で、バンダナを口に巻いていたカップルを取材すると、「医療用マスクは医療者のためにあるべき。私たちはバンダナを巻いて、家に帰ったら洗うことにする」という意見だった。

同僚が患者に…医療崩壊一歩手前

一方で、「マスク着用の際のリスク」について、島田医師はこう説明する。

島田:
マスクを外すときにマスクの表面はウイルスが付着しているかもしれない。ゴムバンドに付着しているかもしれない。それを手で触り、その手で顔を触ったりして、医療従事者の感染がおこるわけです。なかなか緊張する瞬間です。

細心の注意を払っていても、医療従事者が感染してしまう例は、残念ながら起こっている。実際に島田医師も、元同僚の医療従事者を、患者として治療しており、「身近な危機」を感じながら医療現場に立っている。


島田:
医療関係者の中で感染がおこり、そのために医療従事者が減り、重症患者さんの受け入れ可能数の上限が減るという、負のスパイラルに入りうるというのもこのウイルスの怖さ。そういう意味では、(ニューヨークの病院は)医療崩壊の一歩手前という感じがします。

油断すると「NYの二の舞」

日本が医療崩壊にならないためにはどうしたらいいのか。島田医師は「3週間前」のNYと今の東京の状況に注目していた。

島田:
今の東京の新規感染者数が80人程度(1日現在)。ニューヨークで同じくらいの新規感染者だったのが大体、3週間くらい前。そのころのニューヨークは油断していたと思います。


確かに、取材していても、同じように感じていた。3週間ほど前にあたる3月12日、NY州の感染者は325人、前日から109人増加した。初めて100人台の増加となり、知事が突然、「今夜から、ブロードウェイ・ミュージカルを禁止にします」と発表したのだ。しかしブロードウェイ側は、その日の午前中も当日券を販売していたし、市民や観光客も、当然のように、ブロードウェイを見る気でいた。

街中にマスクは少なく、レストランもバーもショッピング街も、いつもと変わらず混みあっていて、客足が落ちていたのは、風評被害を被ったチャイナタウンだけだった。

その4日後、16日にはレストランでの外食を禁止し、街は急激に閑散としていく。16日までの感染者は950人、前日比221人。それが5日後の21日には1万人を超え、その後2週間あまりで、10万人以上に増加した。感染者が増加するスピードは数は加速度的で、しかもそのスピードは今も収まっていない。

島田医師は、こう警鐘を鳴らす。
もし東京含む、日本の大都市がここで気を抜いて、油断してしまうと、ニューヨークの二の舞という現状に、3週間後、4週間後になる可能性は十分にあると考えています

店のシャッターがおり、街が一変して、そろそろ3週間以上が経とうとしている。この状況はすぐには終わりそうにない。日本がNYの二の舞になることを避けるために、どうすれば良いのか。島田医師の「油断」という言葉を、重く受け止めるべきタイミングはまさに「今」なのだ。

【執筆:FNNニューヨーク支局 中川真理子】

中川 眞理子
中川 眞理子

“ニュースの主人公”については、温度感を持ってお伝えできればと思います。
社会部警視庁クラブキャップ。
2023年春まで、FNNニューヨーク支局特派員として、米・大統領選、コロナ禍で分断する米国社会、人種問題などを取材。ウクライナ戦争なども現地リポート。
「プライムニュース・イブニング元フィールドキャスター」として全国の災害現場、米朝首脳会談など取材。警視庁、警察庁担当、拉致問題担当、厚労省担当を歴任。