今年135周年を迎える老舗酒蔵・永井酒造が25年以上の歳月をかけて研究し、取り組み続ける熟成酒。その始まりから、熟成酒にかける想いを、永井酒造株式会社の代表取締役社長であり6代目当主の永井則吉が語ります。


▲(左から)「ホテル・クリヨン」シェフソムリエのグザビエ・チュイザ氏、永井酒造株式会社代表取締役社長 永井則吉


衝撃を受けたワインとの出会いから熟成酒の研究へ


大学を卒業してすぐに日本酒業界に入り、酒造りに携わり始めましたが、当初は日本酒の価格帯が横並びだったことに驚きました。大吟醸でも3千円から5千円くらいの価格帯がほとんどで、価格もスペックも画一的。かたやワインの世界では1本何万円から数百万円のものもあるのに、その違いに疑問を持ちました。


日ごろからワインも好きで嗜むことも多い中で、ワインを始めとする洋酒は世界的に通用するお酒として存在していながら、その一方で日本酒はまだまだ小さな市場であると実感したのです。

大学で建築を学び、建築業界で世界に通用するような仕事をしたいという志を抱いていた私は、日本酒業界に入ってもその考えは一緒で、この現状を知り、日本酒が世界を舞台にワインを追い越すような気概で取り組みが必要だと感じました。


そこで、まずは日本酒の画一的な価格の改革に目を向けました。日本酒は、精米歩合、造り、米の種類で料金がほぼ横並びの設定となっています。例えば、60%精米歩合の山田錦、純米吟醸の価格は千円~2千円の価格付けと決まってしまいます。かたやワインの世界では、生産者が自ら価値創造を行い、市場において対等な価格をつけて普及させています。日本酒においても同じように価値創造を行うことを考えました。


その必要性を漠然と感じながらも、入社したての頃は現場に慣れて仕事をこなすだけで精一杯でした。ところが、ある時先輩に誘われたワイン会で衝撃的な体験をします。そこで飲んだワインは、今までに経験したことのない味わいで、まるで稲妻が落ちたようでした。なんとも言えない繊細な味と複雑な味が絡み合い、香りは奥ゆかしく後から押し寄せ、余韻がエレガント。素晴らしいビンテージワインに出会い、日本酒でも作って飲んでみたいと思い、そこから日本酒のビンテージを研究しようと心に決めました。


ところが、すぐに研究を始められたわけではありません。大学を卒業して蔵に入ったばかりの私の提案は、当時のベテラン杜氏と両親に大反対されます。蔵を建て替えたばかりで、熟成酒の研究に時間を割くことも在庫を持つことにも余裕がなかったこともありました。

しかし、熟成酒とは時の経過とともに造られるもの。この時にしかできない味わいがあり、一刻も早く熟成酒に取り掛かりたいという焦りがありました。そこで、最初は自らの初任給を担保に説得をし、それで賄える数十本から実験を始めました。


▲(左から)永井酒造3代目蔵元 永井鶴二、前杜氏 杉浦正夫


理想とする熟成酒を追求して


一言で熟成酒といっても、日本酒にはもともとその概念がありません。古酒と呼ばれるものはありますが、法律的には縛りがなく、業界的には3年くらいで古酒と呼ばれることが多いです。しかし古酒にはワインのような繊細さはない為、それらとは異なる味わい深いものを造りたいと考えていました。


▲シャトー・クリネ「故ジャン・ミッシェル・アルコート氏」来社(1998年)


この時から独学でワインの勉強も始めました。また、蔵には昔作ったお酒が保存してあったので試しに飲んでみましたが、その味わいは求めていたものと違いました。

最初のチャレンジとして、蔵にワイン醸造所と同じような地下室があったので、そこでお酒を貯蔵し始めます。1~2年で味に変化が見えましたが、3年でピークを迎えました。同じように毎年、継続的に一定量を確保して貯蔵し、同じ環境で3年間熟成をし続け、変化を見ましたが、やはり3年でピークを迎えてしまいました。

しかし、目指していた熟成酒はこれではなく、最低でも10年かけて変化をしながら生まれる繊細で複雑な味わいの日本酒でした。


そこからさらに研究を進め、徐々に保管温度を下げていき、零度以下になって初めて熟成具合がエレガントなものを造ることができました。ここにたどり着くまでに10年かかり、1995年から研究を始めて、2004年にようやく理想の温度帯に出会いました。現在はマイナス3~5度で熟成させています。


▲マイナス温度貯蔵セラー


ようやく目指していた形を見つけ、そこから理想としていた10年の時を経て、私が6代目に就任した2013年に、初めてビンテージシリーズとして商品化いたしました。1本おおよそ3万円で発売し、日本酒の一般的な相場から比較すると、かなり高い価格帯でありながら千本ほど売れました。


▲初めて発売した熟成酒 

水芭蕉純米大吟醸Vintage2004


時の経過で生まれる希少な熟成酒への想い


熟成酒を仕込んでいく中で一番大切なことは、どのようなお酒を飲みたくて、どの方向に寝かせるか、という明確なイメージを持つことです。定点観察と経年変化のチェックをしながら、熟成具合を見て、目指す味わいへ向かって覚悟を持ってやり続けていかなければなりません。しかしその過程で、時には熟成の進行具合が前後してしまうこともまれにあります。

まさに、今年発売する2008年は熟成がとても良く、2007年より先にリリースすることにしました。


▲MIZUBASHO VINTAGE2008


日本酒のビンテージはほとんど理解されていないと感じています。それは昔から日本酒は新酒で愉しむものとされてきた習慣があるからです。

しかし、時間の経過でしか造れない味わいがあります。ワインの世界では当たり前のようにビンテージはたくさんありますが、日本酒の世界ではまだ少ないので、希少価値がありポテンシャルも高いと思っています。それなりの価格でビンテージが売れるということは、それを認めてくれる方がいるからです。徐々にそれが広まることを願っています。


熟成酒はわが子のように大切に育ててきたので、その成長過程もすべて把握し、ポテンシャルの高さを理解しています。次の段階として、その成長の価値も作っていきたいと考え、時期尚早ではありますが日本酒のプリムールを作ろうと動いています。

プリムールは、ワインの産地としてメジャーなボルドー独自のシステムで、熟成中のワインを樽ごと先行で販売し、自身の財産としてからゆっくりと熟成する時間も楽しむというもので、日本酒でも可能だと考えています。


また現在、熟成酒の価値を高め、世界に発信する事を目的に日本酒の蔵元が集まった、一般社団法人「刻(とき)SAKE協会」を共同で設立して活動しています。昨年、設立メンバーである7社の酒蔵(増田德兵衞商店、黒龍酒造、出羽桜酒造、島崎酒造、南部美人、木戸泉酒造、永井酒造 ※敬称略、順不同)から、それぞれビンテージ日本酒をだし、さらに協会顧問を務めるトップソムリエの田崎真也さんがそれらをブレンドした特別な1本を加えた秘蔵熟成酒セットを販売しました。200万円という高額ながら3週間で完売しました。


▲刻酒協会設立・新商品発売 記者会見


ビンテージは10年が一区切り。長い時間をかけたものが世に出て、それを味わって共感してもらうことで自分のモチベーションに返ってきます。熟成酒がまだまだのマーケットをエデュケートしながら一緒に共感してくれる方を増やしていきたいです。



永井酒造が135年を迎える今とお米へのリスペクト


永井酒造が135周年を迎える2021年は、3種類の特別酒を発売します。ビンテージスパークリング酒、ビンテージシリーズ2008年と、もう1種はフレンチオークの新樽で熟成した異なるビンテージの酒をブレンドしたものです。日本酒を樽で熟成する試みは他に例がなく、ましてやフレンチオーク樽を使用しての熟成は非常に珍しく、弊社としては初めての試みとなります。

▲(左から)THE MIZUBASHO PURE2009(熟成スパークリング酒),THE MIZUBASHO Aged 15years Sake(樽熟成酒),MIZUBASHO VINTAGE2008(純米大吟醸熟成酒)


日本は海外の国々と比較し、お米に対し感謝の念と敬意を持っていると日ごろから思っています。しかし今、日本の農業は厳しい状況に立たされ、日本人のお米離れ、耕作放棄地や深刻な高齢化の問題も抱えています。

永井酒造の本社がある川場村は農業にも力を入れているので、米作りと田んぼを維持することの大変さは十分理解しています。田んぼが田んぼであり続けるためにお米を作り続けていかなくてはならない。これは究極のサステナビリティでもあります。


▲川場村の田園風景


その様な厳しい状況の中で、日本酒でどれだけお米の価値を未来へ残していけるかも大切だと感じています。自らがやり続けることにより、お米の生産について未来のある世界観を育て、お米の価値が上がり、仕入れ値も高くなっていけば、生産者の未来も見えてくると信じています。地元川場村や周辺地域、そして山田錦の産地である兵庫県三木別所の生産者と共に、未来に向かって価値創造を目指し頑張って参りたいと思います。




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